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■2009/07/11 (Sat)
シリーズアニメ■
第1話 狼とふとした亀裂
そこに文明の気配はなく、森が深い影を落としている。粉のような雪が、ゆるやかな風に流されて踊っていた。
空を覆う雲は、いよいよ散りかけて、月の光を大地に注いでいる。雪が厚く層を作る大地は、月の光を宿して青く浮かび始めていた。
そんな雪の上に、獣の耳と尻尾を持った少女が、裸で眠っていた。
少女は近付く何者かの気配に気付いて、顔を上げた。
現れたのは3匹の狼だった。いずれも王と呼ばれる狼たちで、肩の高さだけでも少女より遥かに上だった。
少女は立ち上がって、狼と向きあった。
ふと狼は、少女の背後に警戒を向けた。少女も気配に気付いて振り返った。
振り向いたそこに、真っ黒な森の影がたたずんでいた。その手前に、陽炎のように男のシルエットが浮かぶのが見えた。
少女は胸を躍らせて、雪のうえを走った。
だが近付くと、影は陽炎そのもののように姿を消してしまった。影があったそこには、バラバラになった人の骨だけがあった。
ホロは目を覚ました。目を覚ますと、暖かな陽射しが体にそそぐのを感じた。辺りを赤く色づいた風景が包んでいた。
ようやく馬車の上だとわかった。側で、フランツが手綱を握っている。ホロはフランツの体に身を預けて、眠っていたのだ。
ホロは体を起こして、周囲の風景に目を向けた。
轍の跡が残る道の横に、幅の広い川が流れている。対岸は紅葉に色づく森になっていた。さらに遠くに目を向けると、雪山のシルエットが淡く霞んで浮かぶのが見えた。
ホロは、ひどく胸が切なくなるのを感じて、雪山を見詰めた。
「うまそうな肉を食べようとしたとろで、目が覚めたのか」
フランツは冗談めかしていたけど、ホロの耳には気を遣う色が感じられた。
「ヨイツの夢じゃ。ふるさとのな」
ホロは冗談で返すつもりはなかった。夢の世界から持ち帰った孤独が、まだ胸に残って消えそうになかった。
しばし無言の間が漂った。馬車がゆったりと揺れて、車輪が土を削る音だけが流れ去っていった。
フランツは、ホロの小さな頭に掌を置くと、自分の側に引き寄せた。
ホロはフランツの気遣いに、思わず笑顔をもらした。
「素直な気持ちを言っていいかや」
ホロは、フランツの体のぬくもりに身を預ける。
「……ああ」
フランツの声が、わずかに緊張で上擦った。
「腹が減った」
ホロは悪戯っ子の目で、フランツを見上げた。
狼の化身であるホロの設定には、フレイザー著の『金枝篇』が置かれている。難読書だが、読み通すとなかなか面白い本だ。もしファンタジー作家を志願するなら、絶対に目を通すべき本なので、お勧めしたい。
麦束の化身であった神ホロは、故郷のヨイツに向かっていた。
商人であるフランツは、その旅に同行するかりそめの相棒に過ぎない。
ホロとフランツの乗る馬車は、クメルスンと呼ばれる街に向かっていた。
クロアニアの貴族が所有する街で、異教徒が多いために、布教などの宗教的活動が禁止されている。
クメルスンの街では祭が近く、すでに宿も一杯だった。フランツはたまたま出合った商人のアマーティの紹介で、宿のひと部屋を都合してもらう。
ホロとフランツは旅の疲れを癒しつつ、今後の旅程を決める話し合いを始める。だが、フランツのさりげない一言が、二人の絆に小さな亀裂を作ってしまう。
中世世界の日常、暮らし、文化といったところに焦点が与えられた作品だ。設定や考証は緻密に設計され、架空世界だが、それと意識させない現実感ある風景を描き出している。
ファンタジー・アニメに必要なのは、恐ろしい怪物を描き出す描写力でも、複雑奇怪な設定を背景に置いた政治状況を描き出す無駄知性でもない。
はっきりいえば、「学問」こそが必要なのだ。
学問の力を軽視して、独創の力だけでファンタジーを作ろうとしても、決して新鮮味のある作品は生まれない。できあがるのは過去作品のコピーであるか、「ファンタジー的な雰囲気」だけを偽装した胡散臭い駄作だけだ。
『狼と香辛料』がそうしたファンタジー・アニメにおいて際立った個性を放つのは、ファンタジーの過去作品とも「ファンタジー的雰囲気」の作品とも決別しているからだ。
『狼と香辛料』には、いかにもな陰謀にたくらむ悪の大臣もいなければ、世界征服に邁進する魔王もいない。ファンタジーとしての飛躍は、あくまでも狼の化身ホロのみである。
『狼と香辛料』は、正しくファンタジーと呼ぶべき条件を満たす、数少ない作品だ。
ただ描写力の弱い作品である。自然の風景は印象だけで描かれ、空気感が感じられない。背景のパースは厳密にキャラクターと接していない。キャラクターもどこかのっぺりとしていて、アニメの約束事から介抱されないもどかしさが漂う。
『狼と香辛料』の物語には、静かで穏やかな空気が流れていく。ファンタジー・アニメにありがちな闘争や喧騒はどこにもない。『狼と香辛料』はファンタジー・アニメのご都合主義が作り出した奇跡の力が割り引かれている。
だからなのか、物語の中心は人々の静かな暮らしと日常、その生活の背後の運営者となる商人達の活動に焦点が向けられている。そうすることで、中世世界がどのような構造を持っているか、現実的な目線で明らかにしていく。
『狼と香辛料』には、いかにもファンタジーという怪物もいなければ仰々しいアクションはない。
物語の波はあえて浅く抑えられ、人物の対話を中心に、人間の感情の動きを丹念に描いている。ファンタジー・アニメがこれまで見過ごしていた風景の美しさをしっかりとした観察で描き出している。
『狼と香辛料』は独自の個性を獲得した、ファンタジー・アニメの傑作である。
『狼と香辛料Ⅱ』公式ホームページ
作品データ
監督:高橋丈夫 原作:支倉凍砂
キャラクター原案:文倉十 キャラクターデザイン・総作画監督:小林利充
色彩設計:佐野ひとみ 美術監督:小濱俊裕 美術設定:塩澤良憲
撮影監督:館信一郎 音楽:吉野裕司 音響監督:高桑一
アニメーション制作:ブレインズ・ベース
出演:福山潤 小清水亜美 千葉紗子 小山力也
笹島かほる 石井隆夫 名村幸太郎
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