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■2015/12/09 (Wed)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
7
硫黄の臭いは強烈だった。店の客は何かを感じたらしく、検査が終わる頃には1人もいなくなっていた。ツグミは1人で薄暗い通りに出ると、ゆっくりと深呼吸した。こんな陰気な通りだけど、硫黄の臭いに較べるとよほど新鮮に思えた。
しばらくして店の中に戻った。まだ硫黄の臭いが店に残り、どんより曇っているように思えた。モップ頭のバイト青年は、殊勝なことにカウンターを守り続けている。
ツグミは奥へと入っていった。硫黄の臭いはさらに深さを増していく。そんな中で、岡田がスツールに腰を落とし、がっくりと肩を落としていた。ショックは相当大きかったらしい。頭の白髪が、一瞬にして大量に増えたような気がした。
ツグミはむしろほっとしていた。もしレンブラントの『ガリラヤの海の嵐』がこんなところで発見されたとなれば、事件としては大きすぎだ。できれば、そんな事件と接したくなかった。
「もう、この絵は売ったら駄目ですよ。贋物とは知らなかった、なんて言い訳、通じませんから」
ツグミは冷淡な感じに忠告した。
忠告しないと、岡田は平気で人に売っちゃうだろう。それに、この絵には犯罪の臭いがする。最初に考えたように、この絵は『絵のロンダリング』の最中だったに違いない。
ツグミはもう一度、絵の前に近付いて、『ガリラヤの海の嵐』を見上げた。
側で見ると、凄まじい迫力だった。贋物だとわかった後でも、心掴まれる力強さがあるように思えた。果たして、図版を右手に置いて写し取っただけで、ここまでの迫力は生まれるものだろうか。
見ていると、ふと胸の深いところで、トクン、と打つものを感じた。
覚えのある感覚だった。というより、絵を見た瞬間からそれを感じていた。見ていると、不思議なくらい切ない気持がこみ上げてくるような、そんな感覚を……。
もしツグミの直感が正しければ、この贋作の作者は……。
「どうした、嬢ちゃん。いい男でも見つけたか」
岡田が傷心を引き摺りながら、それでも冗談を言う。
冗談なのは重々わかっている。それでも岡田の言う冗談には、いちいちカチンと来るものがあった。
が、今は苛立ちをぐっと抑えた。
「この絵の出所、教えてくれますか」
ツグミはもう少し深入りしてみよう、と考えた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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