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■2015/10/11 (Sun)
創作小説■
第5章 蛮族の軍団
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3
3日後。オークは港の仕事を他の者に引き継がせて、多くの部下を連れて城を出た。王の言う長城は、城の大門を出て街道沿いに南へ14リーグ(約77キロ)。長い旅ではないが、隊列を作っての旅なのでやや時間がかかる。
大門を出てからの道のりは、しばらく穏やかに続いた。舗装された街道が続き、障害などは特になかった。南へ10リーグほど進んだ村で分かれ道となり、その先へ行くと様相が一変した。地図上の道路はそこで途切れ、土地は荒れ果てて森が遮り、さらに地面がぬかるんで湿地帯のようになっていた。馬車が足を取られたし、道に迷ったので現地の案内人を雇わねばならなかった。
そんな荒れ地を進んでいくと、あちこちに生い茂る藪の中に、ぽつぽつと古い建築群が現れた。住居の跡や砦の跡だった。分かれ道を東に進むと、宗教的なモニュメントもあるという話だ。それらは廃墟というより、遺跡というほどに古いものらしい。今は蔦が絡みついて、荒野の風景の一部になりかけている。
オーク
「あれはいったい何ですか?」
ゼイン
「ケール・イズ時代の遺跡だ」
オーク
「あれがケール・イズ? 大洪水で沈められた伝説の古代都市?」
ゼイン
「左様。だが伝説ではあるまいぞ。現在の王家も、ケール・イズ時代から続く由緒あるものじゃ。お前さんが聞いておる洪水伝説もここから生まれた。だから、ここは今でもこうして地面がぬかるんでおるのじゃ」
オーク
「なるほど」
ゼイン
「オーク殿はケール・イズの物語はご存知かな。1つ語ってしんぜよう」
オーク
「子供の頃以来ですね。久しぶりに聞かせてください。旅の気休めになるでしょう」
ゼイン
「うむ。それでは――」
◇
その国は夢見る楽園のように、何もかも煌めいていました。王は偉大で知恵が深く、子供や家畜に至るまで王国の豊かな恩恵の息吹を感じながら、幸福に暮らしていました。
婚期を迎えた姫君はたいそう美しく、人々の憧れでしたが、姫君はやってくるすべての王子のプロポーズを断っていました。そうやっていつまでも結婚しない姫君に、人々はやきもきしていました。
そんなある日、南から麗しき貴公子がやってきました。貴公子は姫君に数々の美しい言葉を贈り物として与え、姫君を夢中にさせ、ついに結婚を認めさせました。
王国の全ての人達が喜びを分かち合いました。誰もが祝福の言葉を右手に、花束を左手に、2人の結婚を祝福しました。
しかし、宮廷のバン・シーは王と王国に向かって言いました。
「その貴公子は魔の者の使いでありますぞ。彼が王冠を被れば、たちまち民を苦しめるようになり、この国は3度不幸に襲われ、その末にすっかり滅んでしまうでしょう」
誰もバン・シーの言うことを聞き入れませんでした。それどころか、王は不吉を告げるバン・シーを追放してしまうのです。
姫と貴公子の結婚後も平和な日々が続きました。姫と貴公子は、結婚の記念に、南の山の中に壮麗な城を築きました。2人の幸福はいつまでも続き、その後も続くと信じられていました。
しかし、王が死に、貴公子が王冠を戴くと、突然に貴公子は変わってしまいます。バン・シーの言ったとおり、貴公子は魔の使いだったのです。
麗しの貴公子は黒の貴公子となり、城の中で悪いものを次々に生み出していきました。悪いものは不浄を住まいにして血を好み、人々の魂も喰らいました。
王国はあっという間に荒れ果ててしまいました。王女は貴公子の言葉に深く捕らわれていたので、国が荒廃していても心を動かさなくなっていました。それどころか貴公子の正しさを信じて疑わず、反抗する家臣を次々と追放してしまうのです。
悪いものはどんどん大きくなっていきました。気付けば貴公子よりも大きくなってしまいました。
そして悲劇は起こってしまいます。悪いものは貴公子に反抗して、貴公子を食べてしまったのです。
こうして、悪いものを止める者はいなくなってしまいました。自由になった悪いものは誰の言うことも聞かず、どんな言葉も通じず、暴れ放題でした。南からネフィリムたちを連れて来て手下にすると、見えるもの全てを壊し、食べることに夢中になりました。悪いものは何でも飲み込み、どんどん大きくなっていきました。
王国は大きな災いの前に滅びかけていました。人々はバン・シーを訪ね、救いを求めました。
しかしバン・シーは心を開きません。
今度は王国の騎士がバン・シーを訪ね、救いを求めました。
しかしバン・シーは心を開きません。それどころか王国の騎士たちの呪いをかけて、遠くに追いはらってしまいました。
最後に姫がバン・シーを訪ね、救いを求めました。姫は貴公子を失ったため、やっと心が戻り、バン・シーに懺悔しました。
バン・シーは姫の嘆きに深く心打たれて、立ち上がりました。
しかし、悪いものはその時には大きくなりすぎていました。大地を覆い、大津波を引き起こし、国を滅ぼそうと考えていました。
バン・シーはたった1人で悪いものに挑みました。大津波が国中を溢れて、何もかもが水面に沈んだ後も、バン・シーは戦いました。
そして――。
◇
ゼインの語りは朗々として、遠征の一行は静かに聞き入っていた。
しかしゼインは物忘れをしたらしく、最後の部分でつっかえてしまった。
ゼイン
「……バン・シーの名前は……。なんと言ったかな? ふうむ、どうしても思い出せん」
ゼインは周りの者に訊ねるが、誰1人思い出すことができなかった。ケール・イズの物語は有名で、みんな一度は耳にしたはずなのに、肝心のバン・シーの名前を思い出せなかった。
オーク
「……イーヴォールではありませんか?」
オークは奇妙な心地になりながら、口にした。
ゼイン
「イーヴォール。……そうそう、それだ。よく覚えておられたの、オーク殿」
オーク
「いえ……どこかで聞いたような気がしたので……」
オーク自身、奇妙な感覚だった。イーヴォール。果たして、どこで聞いたのだろう。別の場所で聞いたような気がするけど、なぜか思い出せなかった。
オーク
「それで、バン・シーはその後どうなったのでしょう。続きはありますか?」
ケール・イズの伝承は有名だが、不思議なところは誰に聞いても断片的な部分しかないことだった。あまりの時の風雪に、人々が物語の筋を忘れてしまったためと言われている。
ゼイン
「最後にはバン・シーが悪いものに勝利しておしまいです。『悪いものは石に封じられてイーヴォールは何処に去った』……まあ昔の話じゃからのお。この遺跡とて、実は本当にケール・イズのものかどうか。」
ルテニー
「いや、その話は本当だ。事実を語っている。俺の古里ではそう伝わっているよ。だが、バン・シーと悪魔の戦いはまだ終わっていない。悪魔は石の中に封印されたが、決して死んだわけではない。バン・シーは悪魔を殺す方法を探して、今も方々に旅している……そういう話だ」
オーク
「だとしたら、バン・シーは不老不死を得ていることになります。そんな話、あり得るでしょうか」
ルテニー
「さあね。魔法使いのことは、俺にはわからん。古里の伝承者はみんな魔女焚刑で殺されてしまったから、何もかもわからずじまいさ」
オーク
「クロースですか」
ルテニー
「ああ。クロースの神官が現れたのは、俺の子供の頃だった。始めは特に何ともなかったが、次第にみんなおかしくなってしまった。その内にも隣人を指して「魔女はお前だ」「お前こそ魔女だ」と罵り合うようになり、次々と火あぶりにされてしまった。誰も自分たちがおかしくなったことに気付かない。俺達一家は、それで古里を脱出して、その後は長く放浪の日々を過ごした。俺にとって、クロースこそ黒い貴公子だよ」
そんな話をしているうちに、やがて荒れた森ばかりの風景の向こうに、建築物が見え始めた。東西に長く続く、煉瓦造りの城壁である。
ゼイン
「おお、見えてきましたぞ。あれこそ我が国の第2の盾。ケール・イズの長城でございます」
※ ケール・イズ 物語中では、ガラティア王国以前に同じ土地にあったとされる国のこと。実際の伝承では、海中に没した伝説の都市。イングランド南部。あるいはフランスのドゥアルメネズ湾などにあると推測される。
※ 魔女焚刑 最初の魔女焚刑が行われたのはアイルランドのキルケニー州。1324年の出来事。
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