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■2015/10/16 (Fri)
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

第3章 贋作工房

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20
 長い長い沈黙があった。ツグミはただじっと絵を見詰めた。疲れていたけど、持っている知識すべてを動員して、真贋の判定を下そうとした。だけどそれがことごとく無駄に終わって、次第に頭から思考が遠ざかってしまった。
 背中に、コルリと宮川の視線を感じた。1人は暖かく、優しい。もう1人はどこまでも冷たく、重苦しい。
 服の下に汗が浮かび上がった。額に浮かんだ汗が頬を通り抜け、顎から落ちて行く。絵を見ているうちに、ツグミは頭の中がくらくらするのを感じた。
 ふとツグミは、1度目を閉じた。深く呼吸を吐き捨てる。
 目を開き、2枚の絵を見た。
 突然に、結論が出た。わかったと思った。
 ツグミは振り返って、よろよろとコルリの側に近づき、その耳元に口を寄せた。
「……いいんやな」
 コルリが念を押した。コルリも顔に大量の汗を浮かべていたけど、目が信頼していた。
 ツグミは頷いた。コルリが入れ替わるように絵の前に進んだ。
 ツグミは絵に背を向けて、宮川と向き合った。
 後ろで、コルリがざっざっとナイフで麻布を切り裂く音が聞こえた。
 ツグミはちらと振り返った。
 2枚の絵、両方ともナイフで切り裂かれていた。
『両方とも贋物』
 これが答えだった。
 宮川はにやりと口元を歪めて、1度頷いた。
 コルリがナイフを、絵の残骸の中に放り捨てて、宮川の前に進み出た。
「さあ、これで終わりなんやろ。ミレーの本物はどこや」
 コルリの顔に恐怖はなかった。勝利の達成が浮かび、挑発的に宮川を睨み付けていた。
 宮川は愉快そうだった。悔しさなど一片も浮かんでいなかった。
「見事だ。さすがは、妻鳥太一の娘だ。8年間待った甲斐があった」
 今、何か口を滑らせた。ツグミは思わずドキッとして、1歩前に進み出た。
「お父さんのこと、知っとるん?」
 思わず杖で自分を支えるのを忘れてしまった。コルリが慌ててツグミを支える。
 宮川は取り繕うともしない。暗闇に浮かぶ悪魔の目に、さらなる輝きを湛えていた。
「君達はいずれ全てを知る事になるだろう。その時、もう1度、君の能力を借りよう。さあ、子供は寝る時間だ。帰りたまえ」
 宮川の台詞に合わせて、闇から大男がツグミとコルリの前に現れた。すぐに、トヨタ・クラウンの運転手だと気付いた。
 2人の巨人に取り囲まれて、ツグミは恐怖を思い出してコルリの体にすがりついた。ここでは何もかも宮川のルールに従わねばならない。反抗などできるはずがなかった。

次回を読む

目次

※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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