■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2015/10/06 (Tue)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
ゴッホ(※)の油絵だった。しかし、1度も見た経験のないゴッホだった。
一見すると、『星月夜』の雰囲気だったが、昼の光景だったし、線の流れはずっと力強く思えた。
キャンバスには高い位置から見下ろされた田舎の道と、5本の糸杉が描かれていた。それが強い風に煽られて、幹がたわみ、枝が重なり合う。
強い風の動きを、ゴッホの象徴とも言える、長いストロークで描かれていた。ストロークの終着点で、赤い渦を巻いているのが太陽だ。見方を変えると、太陽が四方に風を振り撒いているように見えた。
ツグミは2枚のゴッホの絵と向き合った。じっと見るけど、違いが見つけられなかった。
「これは両方とも本物? 両方とも贋物なんてこと、ないやろうな?」
コルリが宮川を振り向き、挑発的に訊ねた。
ゴッホは生前、絵を売ることをまるで考えなかった。方々で絵を描き、方々で放ったらかしにした。だから、未発見のゴッホがどこかの倉庫で突然、発見される事件は珍しい話ではない。
ゴッホの絵が弟テオによって管理されるようになったのは、1889年1月の『耳削ぎ事件』以降だ。それ以後の未発見作品は存在しないとされている。
「だったら、両方とも刻めばいい。間違えれば、何億円かの請求書が届く。それだけの話だ」
宮川は他人事のように言い放った。
ツグミは宮川を振り向き、初めて睨み付けた。憎たらしい男だ、と率直に思った。
ツグミは絵に向き直り、ふと気付いて絵の後ろ側に回った。が、絵の裏側は明かりがなく、真っ暗だった。
ツグミは絵の正面に戻ると、左の絵を手に取り、裏向けにしてイーゼルに掛けた。キャンバスの裏側にスポットライトが当たるようにした。
コルリもツグミの意図を察して、右の絵を手に取り、裏返しにしてイーゼルに掛けた。そうして、2人でそれぞれの絵の裏側をじっと覗き込む。
「あかんわ。フランス製やわ。そっちは?」
ツグミはキャンバスの裏をじっと見つつ、コルリに訊ねた。
「こっちもフランス製。どう見ても当時のキャンバスに見えるわ」
コルリが首を左右に振った。
キャンバスには普通、メーカー名が記載されている。贋作師が犯す初歩的なミスが、キャンバスの選択だ。
しかし2枚のゴッホは、いずれもフランス製の麻布。木枠も木目が目立つ、板目木が使用されていた。それに、どちらも同じくらい年代がかっているように見えた。おそらく炭素年代測定法で測定しても、当時の木枠であると判定されるだろう。贋作師はよくよく調べた上で、偽ゴッホの制作に当たったらしい。
ツグミは仕方なく絵を正面に戻した。
※ フィンセント・ファン・ゴッホ 1853~1890年。オランダ出身。様々な技法を模索するうちに、長いストロークが渦を巻く独特の表現を生み出した。1889年精神を病んで入院。1890年5月に退院するが、7月に拳銃で自殺する。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第3章 贋作工房
前回を読む
15
ツグミとコルリは、次なる絵の前に進んだ。ゴッホ(※)の油絵だった。しかし、1度も見た経験のないゴッホだった。
一見すると、『星月夜』の雰囲気だったが、昼の光景だったし、線の流れはずっと力強く思えた。
キャンバスには高い位置から見下ろされた田舎の道と、5本の糸杉が描かれていた。それが強い風に煽られて、幹がたわみ、枝が重なり合う。
強い風の動きを、ゴッホの象徴とも言える、長いストロークで描かれていた。ストロークの終着点で、赤い渦を巻いているのが太陽だ。見方を変えると、太陽が四方に風を振り撒いているように見えた。
ツグミは2枚のゴッホの絵と向き合った。じっと見るけど、違いが見つけられなかった。
「これは両方とも本物? 両方とも贋物なんてこと、ないやろうな?」
コルリが宮川を振り向き、挑発的に訊ねた。
ゴッホは生前、絵を売ることをまるで考えなかった。方々で絵を描き、方々で放ったらかしにした。だから、未発見のゴッホがどこかの倉庫で突然、発見される事件は珍しい話ではない。
ゴッホの絵が弟テオによって管理されるようになったのは、1889年1月の『耳削ぎ事件』以降だ。それ以後の未発見作品は存在しないとされている。
「だったら、両方とも刻めばいい。間違えれば、何億円かの請求書が届く。それだけの話だ」
宮川は他人事のように言い放った。
ツグミは宮川を振り向き、初めて睨み付けた。憎たらしい男だ、と率直に思った。
ツグミは絵に向き直り、ふと気付いて絵の後ろ側に回った。が、絵の裏側は明かりがなく、真っ暗だった。
ツグミは絵の正面に戻ると、左の絵を手に取り、裏向けにしてイーゼルに掛けた。キャンバスの裏側にスポットライトが当たるようにした。
コルリもツグミの意図を察して、右の絵を手に取り、裏返しにしてイーゼルに掛けた。そうして、2人でそれぞれの絵の裏側をじっと覗き込む。
「あかんわ。フランス製やわ。そっちは?」
ツグミはキャンバスの裏をじっと見つつ、コルリに訊ねた。
「こっちもフランス製。どう見ても当時のキャンバスに見えるわ」
コルリが首を左右に振った。
キャンバスには普通、メーカー名が記載されている。贋作師が犯す初歩的なミスが、キャンバスの選択だ。
しかし2枚のゴッホは、いずれもフランス製の麻布。木枠も木目が目立つ、板目木が使用されていた。それに、どちらも同じくらい年代がかっているように見えた。おそらく炭素年代測定法で測定しても、当時の木枠であると判定されるだろう。贋作師はよくよく調べた上で、偽ゴッホの制作に当たったらしい。
ツグミは仕方なく絵を正面に戻した。
※ フィンセント・ファン・ゴッホ 1853~1890年。オランダ出身。様々な技法を模索するうちに、長いストロークが渦を巻く独特の表現を生み出した。1889年精神を病んで入院。1890年5月に退院するが、7月に拳銃で自殺する。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
PR