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■2015/10/02 (Fri)
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

第3章 贋作工房

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13
 デッサンの贋作は作りやすい。油絵ほど時間がかからないし、道具を揃えるのにもお金が掛からないからだ。絵具が店で販売される以前の絵画は、画家自身が岩石を砕き、油と混ぜ合わせて色を作っていた。油絵の精巧な贋作を作ろうとしたら、まず画家がどんな鉱物を使用し、どのような調合を試みたのかを特定しなければならない。
 しかしデッサンであれば、紙と鉛筆さえあれば、少々の努力で誰でも作れてしまう。高名な研究家であっても、画家が毎日、大量に描いていたデッサンや習作まで把握するのは不可能だ。画家本人に「これは、あなたが描いたデッサンですか?」と訊ねても、判然としない事例のほうが多い。
 デッサンは油絵ほど儲からないが、贋作師にとって手を出しやすい題材でもあった。
「もう降参かな? まだ始まったばかりだというのに」
 後ろからプレッシャーを掛けてくる。
 しかしツグミの気持は乱れなかった。じっと絵に集中していたし、今度は結論が出るまで、さして時間が掛からなかった。
「ルリお姉ちゃん、これは簡単やで。贋作は右の、横顔のほうや」
 ツグミは小さな声で、コルリに伝えた。平静を取り戻しつつあったとはいえ、コルリほど大きな声を出す度胸はなかった。
「理由を聞かせてもらうか?」
 宮川にとって普通かもしれないが、その声は暗く、容赦のない尋問に聞こえた。
 ツグミは宮川に体を向けつつ、ナイフの切っ先で絵を示した。
「ロダンはデッサンの時、常に25センチ、30センチの紙を使用していた。それに当てはまるのは、左のほう。右は、紙の選び方は正しいけど、正確に25センチ、30センチやない。多分、横の長さは26センチや」
 ツグミは紙の横幅を切っ先でなぞりながら説明した。
 25センチと26センチ。僅かな違いに思えるが、絵描きにとって大きな差だった。
 画家は修行を続けていくうちに、目の中に目盛でも入っているかのように、正確な長さの線が描けるようになる。
 ツグミは絵描きではなかったが、画廊で毎日絵画と向き合っているうちに、自然と身についた感覚だった。
「それに、贋作師はどこかに必ず、自分が描いた、という手掛かりをわざと残そうとする。この絵の場合はサインや。ロダンの素描は、ほとんどサインが描かれていないけど、描かれているものには『A Rodin』と、Rodinの下には必ずアンダーラインを引く。時々、省略して『AR』と描く例もある。でも、これはずっと少ない。二枚ともサインが入っているようだけど、右の横顔のデッサンには『Ar Rodin』だけで、アンダーラインもない。文字の癖も違う。このサインは、ロダンを示す名前じゃない。贋作師がわざと残した自分のサインや(※)」
 ツグミははっきりと断言して、宮川を振り返った。

※ このサイン云々の下りは物語中の空想。

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目次

※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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