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■2015/09/30 (Wed)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
「ツグミ、行くで」
コルリは、ツグミのナイフを持っている左手首を掴んで早足に進んだ。ツグミは少し転びそうになりながら従いて行った。
次の絵はスケッチブックを切り抜いたものだった。描かれていたのは、ヌードデッサンだ。一目でオーギュスト・ロダン(※1)のデッサンだとわかった。
ロダンは彫刻家として有名だが、優れたスケッチを多く残している。生前から『ロダンの素描』などが出版され、好評を得ている。
ロダンの素描は、即興でありながら、的確に対象の形を捉え、流麗な線と、鮮やかな色彩感覚で一枚絵のように仕上げる。
絵のモデルは美しい女性だった。左の絵はやや左向きの正面で、腰までの上半身が描かれている。右の絵は右向きの真横で、乳房の下で線が途切れている。
モデルになっているのは《カミーユ・クローデル(※2)》だ。
均整の取れた、あまりにも美しい顔。とろんとした甘い目。カミーユ・クローデルは男性を虜にする美貌の持ち主で、ロダンすらその魅力に捉われてしまった。美術史上、最も有名な芸術家として知られる女性だ。
イーゼルに掛けられたデッサンを前に、ツグミとコルリが並んで向き合った。デッサンは厚紙で裏打ちされていた。多分、ナイフで突きやすくするためだろう。
コルリが困惑を浮かべた。
「こんなの、わかりっこないわ。ロダンのデッサンは少なくとも7000点あるんやで。それを言い当てるなんて、不可能やわ」
コルリが宮川を振り返って抗議する。
「だからこそ、ここに取り上げた。ゲームは難しいほど面白い。それに、これはテストであるのだからね」
宮川は甲高く足音を響かせながら、ツグミとコルリの後ろに近付いてきた。響きのいい、高級そうな靴音だった。
「テストって、何のや?」
近付いてくる宮川に対し、コルリは正面を向けて訊ねた。ツグミはちらとコルリの横顔を見た。強気の下に、緊張が浮かんでいるのを感じた。
「君達が今、知る必要のない話だ。それよりも、君達には集中しなければならないものがるんじゃないかね?」
丁寧に思えて、やはりどこかに脅すような重々しさが混じった。
コルリは舌打ちして、猛犬のようにふうふうと鼻息を吐きながら、じっと宮川を睨み付けた。
ツグミは背後で繰り広げられる緊張に流されないように「平静に、平静に」と心の中で唱えながら、改めて素描と向き合った。
※1 オーギュスト・ロダン 1840~1917年。19世紀を代表する彫刻家。デッサンも多く描き残した。作中で取り上げられているデッサンは、架空の物。
※2 カミーユ・クローデル 1864~1943年。ロダンの弟子だったが、そのあまりの才能と美貌のために不倫関係になってしまう。カミーユも彫刻家として優れた傑作を残した、間もなく精神を病んで、48歳のとき精神病院へ入れられる。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第3章 贋作工房
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12
コルリが奥歯をきつく噛んで、宮川を睨み付けていた。そのままの顔で、次の絵を振り返った。「ツグミ、行くで」
コルリは、ツグミのナイフを持っている左手首を掴んで早足に進んだ。ツグミは少し転びそうになりながら従いて行った。
次の絵はスケッチブックを切り抜いたものだった。描かれていたのは、ヌードデッサンだ。一目でオーギュスト・ロダン(※1)のデッサンだとわかった。
ロダンは彫刻家として有名だが、優れたスケッチを多く残している。生前から『ロダンの素描』などが出版され、好評を得ている。
ロダンの素描は、即興でありながら、的確に対象の形を捉え、流麗な線と、鮮やかな色彩感覚で一枚絵のように仕上げる。
絵のモデルは美しい女性だった。左の絵はやや左向きの正面で、腰までの上半身が描かれている。右の絵は右向きの真横で、乳房の下で線が途切れている。
モデルになっているのは《カミーユ・クローデル(※2)》だ。
均整の取れた、あまりにも美しい顔。とろんとした甘い目。カミーユ・クローデルは男性を虜にする美貌の持ち主で、ロダンすらその魅力に捉われてしまった。美術史上、最も有名な芸術家として知られる女性だ。
イーゼルに掛けられたデッサンを前に、ツグミとコルリが並んで向き合った。デッサンは厚紙で裏打ちされていた。多分、ナイフで突きやすくするためだろう。
コルリが困惑を浮かべた。
「こんなの、わかりっこないわ。ロダンのデッサンは少なくとも7000点あるんやで。それを言い当てるなんて、不可能やわ」
コルリが宮川を振り返って抗議する。
「だからこそ、ここに取り上げた。ゲームは難しいほど面白い。それに、これはテストであるのだからね」
宮川は甲高く足音を響かせながら、ツグミとコルリの後ろに近付いてきた。響きのいい、高級そうな靴音だった。
「テストって、何のや?」
近付いてくる宮川に対し、コルリは正面を向けて訊ねた。ツグミはちらとコルリの横顔を見た。強気の下に、緊張が浮かんでいるのを感じた。
「君達が今、知る必要のない話だ。それよりも、君達には集中しなければならないものがるんじゃないかね?」
丁寧に思えて、やはりどこかに脅すような重々しさが混じった。
コルリは舌打ちして、猛犬のようにふうふうと鼻息を吐きながら、じっと宮川を睨み付けた。
ツグミは背後で繰り広げられる緊張に流されないように「平静に、平静に」と心の中で唱えながら、改めて素描と向き合った。
※1 オーギュスト・ロダン 1840~1917年。19世紀を代表する彫刻家。デッサンも多く描き残した。作中で取り上げられているデッサンは、架空の物。
※2 カミーユ・クローデル 1864~1943年。ロダンの弟子だったが、そのあまりの才能と美貌のために不倫関係になってしまう。カミーユも彫刻家として優れた傑作を残した、間もなく精神を病んで、48歳のとき精神病院へ入れられる。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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