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■2015/09/21 (Mon)
創作小説■
第4章 王の宝
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2
進路は北へ。オークは馬を走らせた。空は雲が散って青く澄んだ色を浮かべていた。草原に冷たい空気が通り過ぎていく。オークはできるだけ早く馬を走らせた。草原をいくつも駆け抜け、森の側を横切り、日が暮れると短い休息を取った。道中の村で道を尋ねて向かう方向が間違いがないのを確かめると、さらに北へ北へ進んだ。
途中、草原を横切る巨大な壁を潜った。城の兵士達が務めている様子が見られた。そこを抜けると、賑わい溢れる街が見えてきた。王城は間もなくだった。
森の小道を通り抜けると、王城が見えてきた。草原の向こうに、かつてないほど背の高い城壁と、大きな門が置かれていた。王城はきつい傾斜に沿って作られていて、外から見ると、城下町と王都を横切る数層の外壁が立ち上がって見えた。その先端に、王の館が聳えている様子が見えた。その向こうは世界を隔てる海となっている。城壁は王都の外へも続き、海岸沿いをずっと取り囲み、近くの港町まで続いていた。海の側から見れば王城は絶壁の舳先に聳えている姿が見えるはずだ。海から侵入しようと思えば、この自然の要塞が立ち塞がり、別の場所から上陸して城に向かっても、今度は幾層にも重なった壁が立ち塞がるという構造になっていた。
オークは馬から下りて、大門脇に作られた、人間用の門を潜った。そこを守っている衛士にいくらかの通行料を差し出し、通過した。
王都は賑わいある街だった。大通りには人で溢れ、商人達の露天がずらりと並び、賑やかな喧噪で満たされていた。楽団が騒がしそうに楽器を弾き、流行歌を歌っている。子供たちが騒ぎながら駆け回っている。路地を覗くと、乞食たちが暗い影の中に佇んでいた。
どの家も背が高い。建築物の上に、さらに背の高いアーチが渡されていた。王都を囲む壁は、街を横切って、幾層にも連なっていた。その上を、兵士たちが歩いているのが見えた。
王都は階段とスロープで少しずつ登るようになっていて、要所要所に高い壁と門が備え付けられていた。その門をいくつも潜り抜けて、オークは城を目指す。
ようやく城下町を通り抜けて、急なスロープへと入っていった。スロープは東へと折れて、その先に門が立ち塞がり、それを抜けると今度は西側へと向かい、やはり門で塞がっていた。急なスロープは東へ、西へと何度も折れて、ようやくその先に王の館が建っているのが見えた。
オークは、その最初の門の前まで進む。
門番
「何だ貴様。ここは王の館だ。田舎者が何を間違って迷い込んだ」
オーク
「セシル王子に仕えるために参ったものです。王子から指輪を預かっています」
オークは指輪を差し出す。
門番
「こ、これは王のしるし! 貴様、盗んだな!」
オーク
「盗んではいません。預かったものです」
門番
「おのれ騙りめ! 膝をつけ! 今ここで刑を下してやる!」
セシル
「何をやっておるか馬鹿者ども!」
セシルが馬に乗って現れる。
門番が直立不動になって、セシルを迎えた。オークも膝をついて頭を下げる。
セシル
「独断で刑を執行するとは、随分えらくなったものだな。門番よ」
門番
「も、申し訳ございません」
セシル
「すまなかったな、オークよ。頭を上げろ。従いて来い」
セシルが馬を下りた。セシルは馬を配下の者に任せて、スロープを上っていく。オークがセシルの後に続いた。配下の者達がその後にぞろぞろと続く。従者が引いている荷車の上に、檻の1つあった。あの赤毛のクワンが捕らえられているのが見えた。「出せ! ここから出せ!」と喚いている。
セシル
「ずいぶん早かったな」
オーク
「村の様子を見た後、急いで駆けて参りました」
セシル
「いい判断だ。私はこの1ヶ月、城を離れ方々で戦をやってきた。ゼーラ一族の名前を知っているか」
オーク
「いいえ」
セシル
「西の山岳地帯に潜む野蛮な連中だ。奸知に長けた連中で、度々山を下りては王に刃向かっている。ここ数年、再びゼーラ一族の動きが活発になりはじめた。それで、私は捕虜を捕らえ、隠し砦の場所を吐かせて、1つ1つを叩き潰していたところだ。お前たちが戦っていた山賊連中もゼーラ一族だ」
オーク
「戦いは勝利で終わったのですか」
セシル
「いいや。ゼーラ一族は国土のあちこちに潜伏しておる。その全てを探り出し、叩くにはまだ時間が掛かる。連中が再び動き始めたのは、協力者か支援者のどちらかがいるからだ。そのいずれかはわからんが、そいつを炙りださん限りには、戦いは終わらん。それにな、敵は外だけとは限らん……」
門をいくつも潜り抜けて、王子は兵士たちと別れて城へと入っていく。
威風堂々とした王城の構え。しかし内部へ入っていくと、暗く寂れた佇まいが現れた。華やかな装飾はどこにもなく、セシルと僅かな従者を除いては足音すら聞こえてこなかった。
セシル
「城は初めてだな」
オーク
「はい」
セシル
「ならば驚いただろう。王国の暮らしは、もっと贅沢なものだと」
セシルの調子はどこか自嘲的であった。
オーク
「いえ、そんな……」
セシル
「構わん。顔に書いてある。詩人がこしらえる物語など、大半が願望と偽りだ。王国が栄華を誇った時代なぞとっくに過ぎた。長年の赤字続きで、国庫は残り僅か。かつてはデネの黄金館と肩を並べた時代もあったと聞くが、私にはそんな話はお伽話にしか思えん。質素倹約がずっと我々の合い言葉だ」
セシルが門を開いて、広間へと入っていく。
そこで迎えたのはセシル王子の忠実な部下たちではなく、質素な住まいと対立するような豪奢な装束の貴族たちであった。
ラスリン
「これはこれはセシル王子。ようやくのご帰還ですかな。いったいどこで道草を食っておられた。まさか、女子のように化粧して遅くなったわけではあるまいな」
貴族らの間で哄笑が漏れた。
貴族
「セシル王子よ、いつになったら王は姿を見せるのだ。王のいない国など、抜け殻も同然。王は我が内政ごご存知か」
セシル
「もう少しの辛抱だ。父上はそなたたちの忍耐を試しておいでだ」
貴族
「いつまで続けるおつもりか! 我が国の現状を何も知らない無能が。この城がいかに逼迫しているか理解しているのか」
貴族
「そうだ! 今は王の遊興に、王子の外遊にかまけている場合ではありますまい。王子はいい加減、国のために働いたらどうかね」
と言う貴族たちは、豪奢な服に、全身に宝石をちりばめていた。
セシル
「耐えろ! 王はいつか答えてくれる。その時まで待て!」
ラスリン
「腰抜け王子め! 旅行三昧もここまでですぞ! いい加減国政というものを……」
セシルは構わず、広間を去って行く。
オーク
「いったい何ですか、あの者たちは」
セシル
「あれでも多くの部族を束ね、財を持った者達だ。この国で政治を請け負っているのは、気の許せん連中だ。だが、ああいった連中は捨て置いて構わない。要注意なのは、あの男だ」
前方から大柄な男が現れる。長い赤毛の男だ。一目見て、偉丈夫とわかる巨漢の男だった。
ウァシオ
「セシル王子よ、よくぞ戻ってきた。方々で女の味比べをしておったそうだな。この放蕩者め」
セシル
「山賊やネフィリムの中に女がいたとしても見分けはつくまい。連中は男でも髭を生やすからな」
ウァシオ
「王子よ、お前の贅沢暮らしがいつまでも続くと思うな。お前のような民から嫌われる気狂い王子は、いつか暗殺者に首を切られるぞ。眠っている時も注意するんだな」
セシル
「忠告だけは聞いておくよ」
セシルはウァシオと離れて、廊下を進んでいく。
セシル
「あの男は、かねてからゼーラ一族の間者ではないかと噂されておる」
オーク
「真実ですか」
セシル
「噂だ。証拠はない。だが、いま城の中で絶大な勢力を持っているのがあのウァシオという男だ。貴族連中もウァシオの金で抱き込まれている。奴の莫大な財産がどこから出てくるのかわからん。私がゼーラ一族の隠し砦を叩き潰して回っていたのは、あいつの尻尾を掴むためだったが……まだ何も出てこん」
オーク
「…………」
※ 黄金館 デンマークの伝承『ベーオウルフ』に登場する館。
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