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■2015/09/14 (Mon)
第3章 贋作工房

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 でもツグミは、深く呼吸して、決意を改めるように唾を飲み込んだ。もう一度そっと絵の前に進み、裏を覗き込んだ。震える手で、恐る恐る携帯電話を引き剥がした。
 プリケイド携帯だった。ちょっと古いデザインの、おもちゃのように安っぽい携帯電話だった。
 ツグミは携帯電話を手にして、かたかたと手を震わせていた。自分で手の震えを抑えられなかった。一度、二度と深呼吸する。それでも足りず、しばらくはあはあと喘ぐように呼吸した。
 それでやっと、ツグミは決心して「通話」ボタンを押して耳に当てた。
「つっ、妻鳥です」
 声が緊張して、一語、一語、慎重に発音しなければならなかった。
 返事はなかった。いくら待っても、返事はなかった。かすかな呼吸音だけが聞き取れた。
「誰、ですか」
 怖い。コルリはまだ帰ってこないのだろうか。台所を覗き込むけど、コルリの気配は帰ってこない。
 もう切ろう。見なかったことにしよう。
 そう思って、携帯電話を耳から離そうとした。その時、声がした。
「ミレーの真画を預かっている」
 男の声だった。その何気ない一言だけでも、ぞっとするくらいドスの利いた声だった。
「本当、本当ですか!」
 舌が回らず、同じ言葉を繰り返してしまった。
「マスコミの連中には帰ってもらう。数分後に車が到着する。準備したまえ。我々の指示に従えば、絵は返してやろう」
 男は一方的に言葉を並べ、そのまま切ってしまった。
 ツグミはその後も、茫然と携帯電話を耳に当てていた。
 携帯電話から、「プー、プー」と音が繰り返される。しばらく頭の中が真っ白で、男が言ったシンプルな言葉すら、うまく整理できなかった。
 ようやく携帯電話を耳から外し、通話をオフにする。同時に、画廊の外で何やら騒ぎが起こった。「抜かれた!」とか「特オチ!」とか言う声が切れ切れに聞こえてきた。部分的にしか聴き取れなくて、何が起きているのか状況が把握できなかった。
 その後しばらくして、エンジン音が一斉に唸り声を上げて、遠ざかって行くのが聞こえた。
 それから、唐突にガラス戸のロックが解除され、コルリが飛び込んできた。
「ツグミ、今……」
 と言いかけて、ツグミの様子と、手にしている携帯電話に気付いた。
「何、それ? どっから掛かってきたん?」
 コルリの声が、少し怯えていた。
 手にしたコンビニ袋から、暖かそうな湯気を上げていた。

次回を読む

目次

※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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