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■2015/09/12 (Sat)
創作小説■
第3章 贋作工房
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3
「とりあえず、何か食べよ。私、お腹すいたわ。何か買ってくるな」コルリが気分を変えるように明るく言って席を立った。笑顔を浮かべているけど、あからさまに作ったものだった。
「うん、お願いね」
ツグミもコルリに合わせて、無理に笑顔を作ってみた。
コルリは財布の中を確認すると、椅子の背に掛けていた赤いジャンパーを羽織った。それから廊下に出ると、靴を持って台所に戻ってきた。
どうするんだろう、と見ていたら、コルリは台所を横切り、炊事場の窓を開けた。
窓を開けると、目の前に反対側の家の壁が迫っていた。室外機も置けない狭い隙間で、猫だけの通り道だった。
コルリは窓の外に顔を出して左右を確かめると、調理場に上がって靴を履き、そーっと窓の外に出て行ってしまった。幅数センチ程度の細い塀の上に器用に体を乗せると、台所を振り返って窓をそっと閉じた。
1人きりになってしまった。ツグミはぽかんと天井を見上げた。
急に静かになってしまった。テレビの音もないし、点けようという気にならない。時計の針だけが、正確なリズムを刻んでいた。
明かりは台所だけだし、それもあまり明るくなかった。部屋のそこかしこに、不気味な闇が留まっているような気がした。開けたままの引き戸の向うから、何か得体の知れない魔物が忍び寄ってくるような、そんな不気味な冷たさを感じた。
唐突に、ツグミは独りぼっちだと気付いた。辺りは、しんと音もない。胸の鼓動がゆるやかに速度を上げ始めた。
どうしよう。今、1人になりたくない。
ツグミは不安に捉われてしまった。心細さと恐怖で、冷静な気持でいられなかった。
ツグミは杖を手に取った。コルリの後を追うつもりだった。台所を飛び出し、画廊に靴を投げて履いた。外出用の杖に持ち替えて、画廊の出口を目指した。
しかし、あっと我に返った。
入口の暖簾の下に、よれよれのジーンズに男物の靴が見えた。
男はチャイムを鳴らそうとしているけど、鳴らないとわかると、何かぼやきながらガンガンとガラス戸を叩き、靴で蹴り、ドアノブもガチャガチャと乱暴に捻った末に、やっと諦めたらしく去っていった。
ツグミは正気に戻るとともに、別の事態に気付いた。今、外に出られないんだ。家の前にはマスコミの車が取り囲んでいて、出た瞬間蜂の巣にされるのは目に見えていた。
しばらく家から出られないだろうし、おそらく学校にも行けない。ツグミにとって、この状況は二重に鍵の掛かった檻だった。
その時、突然に電話が鳴った。
「ヒィ!」
ツグミは一瞬、心臓が胸から飛び出すかと思った。
電話が掛かってくるはずはない。電話機は抽斗の中で、音量設定ゼロになっているはずだ。コール音が聞こえてくるはずがない。
じゃあ、いったいどこから……。
ツグミは怖くて今にも泣き出しそうな気持で、身を小さくして辺りを見回した。
画廊の中をぐるぐると見回し、やっとある一点で目が留まった。光太の絵がそこにあった。電話の音が、そこから鳴っていたのだ。
ツグミはほんの少しだけ、勇気を出した。がたがたと震えてうまく動かない足を、無理に1歩前に進ませた。
絵の側に近付き、震える手で裏を返し、覗き込んでみる。画廊が真っ暗なので、そこはさらに暗い影が落ちているはずだった。
なのに、そこから、色鮮やかな光が振り撒かれ、コール音を鳴らしていた。絵の裏に、ガムテープで固定された携帯電話があった。
ツグミは気味が悪くなって、手を引っ込めた。
なんで? いつ? どこの誰がこんな仕掛けを?
頭の中で疑問が嵐のように渦を巻き始め、そのまま容量オーバーで気を失ってしまいそうだった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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