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■2015/09/10 (Thu)
創作小説■
第3章 贋作工房
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2
あれから何度も似たような電話が画廊に掛かってきた。今日は早めに閉店にして、留守の振りをして明かりを消し、台所に立て篭もった。それでも電話は引っきりなしに掛かってきた。画廊の前に車が次々とやってきては停まる音が聞こえた。チャイムの電源を切ったけど、暖簾の下を見ると、入れ替わり立ち代り誰かがやってきて、チャイムを鳴らそうとした。時々、暖簾の下からカメラを覗き込ませるようにして、フラッシュを焚く人もいた。
電話も留守録設定にしたが、エンドレスでどこかの誰かが出版社と編集部の名前、テレビ局の名前を吹き込んでくる。すぐに容量が一杯になったが、それでも誰かが性懲りもなく執拗に掛けてきた。
そんな合間を縫って、ヒナが留守録に声を吹き込もうとした。コルリがすぐに飛びついて、受話器を取った。深刻な様子で、長くなりそうな雰囲気だった。
ツグミは台所で報告を待ちつつ、テレビを点けた。テレビでも、ちょうどヒナが出ていた。無数のマイクに取り囲まれ、明らかに悪意を持った質問の豪雨に晒されていた。ヒナは事務的な調子で、淀みなく質問の1つ1つに釈明していた。しかし、マスコミの誰1人として、ヒナの言葉を理解せず、自分たちの推測を押し付けるような質問を繰り返し続けた。
マスコミのおおよその主張はこうだ。
ヒナが贋作と知りつつ絵画を安値で引き受け、余った活動資金を着服した、というのだ。
マスコミは、さらに学芸員の『外遊』を問題視し、交渉のやり方を槍玉に挙げ、さらに学芸員の『認識の甘さ』と呼ばれるものを指弾した。マスコミは何もかもを断定型で説明し、怒りの感情を煽り立てるように仰々しく映像を演出する。
そんな映像を見ているだけでも、ツグミはつらかった。あんなふうに攻撃されて、ヒナが今にも泣き出してしまうんじゃないか。そんなふうに思い、耐えられないくらい苦しかった。それでもテレビの映像から目が離せななかった。
やがて、コルリが電話を終えた。ツグミは身を乗り出して画廊を覗き込んだ。
コルリは受話器を置くと、スピーカーの音量設定をゼロにして、棚の抽斗の中に電話をしまいこんでしまった。それから、台所に戻ってきた。
「なに見とおんや! 消せ!」
本気で怒鳴られてしまった。
「ごめん。もう切る。ヒナお姉ちゃん、どうだった」
ツグミは慌てて手を伸ばし、テレビの主電源を切った。
コルリはひとまずテーブルに着いて、ツグミと向き合った。
「ヒナ姉、しばらく帰られんそうや。これから会議があるし、偉い人からも呼び出し喰らってるそうや。美術館周囲にもマスコミが張りこんでいて、下手に出られん状態やって。あの絵、科学鑑定を受けることになったそうや」
コルリにしては珍しく、ややうつむくようにして、淡々と説明した。
「いつ?」
ツグミは背中にゾッとするものを感じた。
「明日の朝、研究所行きやそうや」
コルリは溜め息を吐いて、宙を見上げた。顔に絶望的なものが浮かんでいた。
ツグミも暗い気分だった。あれは絶対に本物のミレーではない。正式な科学鑑定を受ければ、どんなごまかしも通じないだろう。
「ヒナお姉ちゃん、どうなるんやろう」
ツグミは訊ねるわけではなく、不安をそのまま口にした。
そうなれば責任の全てがヒナに降りかかってくる。今回の企画はヒナが立ち上げ、ヒナ自身の足で美術品を探し、契約を交わしたのだ。ある意味、立役者と言うべきだけど、マスコミがここまで騒いだ後で、幸福な結末があるとは思えなかった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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