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■2010/08/10 (Tue)
評論■
1・イントロダクション
後半展開における『鋼の錬金術師』は概ね評価が高く、好印象のま
ところで、ここ近年かびますしく言われるようになった批評に、「最近
だが、そういった理由を別にしても、最近のアニメは確かに物語を構
最近のアニメは長編の制作が難しくなっている。それは制作会社が尻込みしているから、という理由だけではなく、作り手側に「長編を構
エピソードをどのように配置し、キャラクターを操作し、物語後半への動線を作っていくのか。それでいて、どうすれば見ている側の興味と
それを理解して意識的に物語を作っていく力が弱くなっている。「物語は思いのまま書けばいい」などという、日教組教育的な創作論を振りかざしてるあいだは、どんなに頑張っても絶対に傑作は生まれない。
その一方で、『鋼の錬金術師』は物語後半ほど勢いを強めていった作品である。『鋼の錬金術師』後半は、それまで提示されていた全ての要素、キャラクターが集められ、鮮烈な絵巻物を織り上げていった。クライマックスへ至る動線、それからエンディングは、鮮やかと評するしかない見事さである。もはや近代アニメにおける奇跡であるといっていいだろう。
では、なぜ『鋼の錬金術師』がそんな奇跡を描けたのか。『鋼の錬金術師』だから奇跡が起きたのか、『鋼の錬金術師』以外では奇跡を引き起こせないのか。もし奇跡を起こすことができるのなら、それをある程度まで操作できないものだろうか。
『鋼の錬金術師』を教科書と見做し、「いかに長編の物語を作るか」を考えていきたいと思う。
次回:基本の構造を作る
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