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■2010/04/06 (Tue)
シリーズアニメ■
EPISODE.01 Departure
いきなりだけど俺は目覚めた。何だかわからないけど、ショックな体験を引き摺るように、目を開けると同時に悲鳴を上げる。
でもその直後、俺は茫然と空を見ていた。背中に硬いアスファルトのごつごつした感触が触れていた。空は暗く沈んで、雲だけが淡く浮かんでいる。星がちらちらと輝き始めていた。
「……ここは、どこだ?」
妙な気分だった。ここはどこだろう? どうして俺はここでこうして倒れているのだろう?
左を見る。広々とした遊歩道に明かりを点けない街灯がきちんと並んでいる。右を見る。何かの施設――校舎のようなものが見えた。
「目が覚めた?」
凛とした女の子の声が俺に話しかけた。
俺はえっとなって体を起こした。正面の植え込みを前に、女の子がかがみ込んでいた。茂みに隠れるように身を潜め、体に合わない大きさのスナイパーライフルを身構えている。
「あんた……」
「ようこそ。『死んで堪るか戦線』へ」
女の子が俺を振り返って微笑んだ。
それだけで、女の子は再びスナイパーライフルの銃底を肩に合わせてスコープを覗き込んだ。名乗りもしない。
俺は何かを聞こうと口を開いた。が、女の子は先に口を開いた。
「唐突だけど、あなた、入隊してくれないかしら」
「え? 入隊?」
本当に唐突だ。訳がわからない。
「ここにいるってことは、あなた、死んだのよ」
「はあ? あの、よくわからないんだけど……」
俺は夢を見ているのか、それともからかわれているのか。
「ここは死んだ後の世界。何もしなければ消されるわよ」
「消されるって誰に?」
「そりゃ、神様にでしょうね」
投げ遣りな言い方だな。俺は別のことを訊ねた。
「じゃあ、入隊って何?」
「『死んでたまるか戦線』によ。まあ部隊名はよくかわるわ。『最初は死んだ世界戦線』。でも、『死んだ世界戦線』って死んだことを認めているんじゃね? ということにより破棄。以降、変遷を続けているわ。今は『死んで堪るか戦線』。その前は『死んだ心地がしない戦線』。ま、完全にネタだったから、一日で変わったけど」
次から次へと言葉が出てくる。俺は呆れる気分で女の子の話が終わるのを待った。夢だとしても、よっぽどの電波さんらしい。
「えーっと、それって、本物の銃?」
そう聞くと、女の子はこれみよがしな溜め息を漏らした。
「……はあ。ここに来た奴は皆そんな反応するのよね。順応性を高めなさい。あるがままを受け止めるの」
『マトリックス』の見すぎか?
「受け止めて、どうすればいいんだよ?」
「戦うのよ」
「何と?」
「あれよ。あれが『死んでたまるか戦線』の敵――天使よ」
女の子はスコープを覗いた姿勢で、標的を指さした。
俺は尻の埃を払って立ち上がると、女の子が指さした方向を覗き込んだ。植え込みの向うは長い階段になっていて、その下にグランドがあった。トラック一つ分が余裕で納まるかなり大きなグランドだ。そこに、女の子が1人立っていた。女の子は何かを探すように辺りをきょろきょろと見回していた。
「やっぱ『死んで堪るか戦線』はとっとと変えたいわ。あなた、考えておいて」
女の子はスコープで狙いながら言った。
おいおい、どう見たってあれは普通の女の子じゃないか。この銃が偽物で銀玉はじくだけだとしても、痛いだろうな。警告したっていいはずだ。
「あのさ、向う行っていいかな?」
俺はグランドの女の子を指さした。
「はあ!」
女の子が逆上して俺を振り返り、飛びついてきた。
「何で! 訳わかんないわ! どうしたらそんな思考に至るの? あんたバッカじゃないの? 一遍死んだら! ……これは死ねないこの世界でよく使われるジョークなんだけど、どう? 笑えるかしら?」
女の子は凄い勢いで捲くし立ててきて、怒った調子で訊ねてきた。まったく笑えない。
「ジョ、ジョークの感想はいいとして、少なくとも銃を女の子に向けているような奴よりかはまともな話ができそうだからさ」
俺は言い返したい怒りを抑えつつ、妥当と思える正論を口にした。
「私はあなたの味方よ。銃を向けるなと言うなら向けないわ。私を信用しなさい!」
女の子の感情はなお治まらないらしく、立ち上がって俺を怒鳴った。不愉快なまでの上から目線だった。
そこに、誰かが走ってきた。
「おい、ゆりっぺ。新人勧誘の手筈はどうなってんだ? 人手が足りない今、どんな汚い手を使ってでも……」
少年が女の子の前に走り寄ってきて、勢い良く話を続けようとした。女の子が呆れるように頭を抑えた。それでようやく、少年は俺の存在に気付いたらしい。
「俺、向こう行くわ」
「うわああぁぁぁ! 勧誘に失敗した!」
女の子の叫びを無視して、俺は階段を降りていった。
訳がわからない。何なんだ、あいつら。
階段を降りて行きグランドへ入っていくと、女の子の側に近付いた。
「あの……」
普通に話しかける。女の子が俺を振り返った。月の明かりのせいか、女の子の髪が白く透き通るように思えた。肌はそれよりもっと白く、暗闇に淡く浮かび上って見えた。
「ああ、こんばんわ。銃で狙われてたぞ。あんたが天使だ、とか何とか言って……」
意外な美人にドギマギしつつも、俺は後ろを親指で示した。
「私は天使なんかじゃないわ」
女の子は大きな瞳で俺をじっと見て答えた。
「だよなぁ、じゃあ……」
「生徒会長」
「……はあ。アホだ俺は。あの女にからかわれてたんだ。クソッ! 自分が誰かもわからないし……。病院にでも行くよ」
俺は女の子に軽く手を振って背を向けた。
「病院なんてないわよ」
「え? どうして?」
俺は振り返り、訊ねた。
「誰も病まないから」
「病まないって?」
「みんな死んでるから」
俺はいきなり沸点に達した。
「ああ、わかった! お前もグルなんだな! 俺を騙そうとしているんだろ! なんだ? この記憶喪失もお前らの仕業か?」
俺は女の子を指さし、遠慮なしに詰った。
「記憶喪失はよくあることよ。ここに来た時は。事故死とかだったら、頭もやられてるから」
女の子は感情のない声で、淡々と話を進めた。
俺はとどまらなかった。
「じゃあ、証明してくれよ! 俺は死んでるから、もう死なない……」
女の子がすっと近付いた。小さな声で何かを呟く。右袖に光を宿し、月明かりに輝く刃を出現させた。
「え?」
俺は動揺して声を上げた。
女の子が飛びついた。長い髪が月明かりの中を踊った。女の子の右腕の刃が真直ぐ俺の胸に飛びつき――。
◇
そこは死者たちが集る場所。主人公の少年は「音無」という名前の他は何一つ思い出せない。ゆりという少女が言うには、ここには死も老いもないが、天使に反抗し続ければ存在を消されることはないという。たったそれだけのルールを説明されて、音無はゆりとともに永遠といえる戦いへと身を投じていく……。
『Angel Beats!』は最近では珍しい、原作のないアニメーション・オリジナル作品である。原作・脚本は『AIR』『CLANNAD』などで著名な麻枝准が手がける。麻枝准はアニメーションの脚本を手がけるのは初めてで、アニメオリジナル作品ということを併せて見ても、『Angel Beats!』はなかなか挑戦的な作品であると言える。
『Angel Beats!』には死の臭いが漂っている。舞台となっている異空間は疑いようのない死の世界であり、その先のない世界として描かれている。死というのは創造者にとってあまりにも魅力的なモチーフだ。死は詩情的なテーマの中心であり、無条件のクライマックスであり、その神秘は哲学的である。作家はより大きな感情を求めて死を描き、時に病的なまでに取り憑かれてしまう。
『Angel Beats!』が舞台とするのはたった一つだけ。学校である。学校は閉鎖的空間であるが、社会的空間としては一つの場所として自立し、自己完結する場所である。そんな場所で、音無やゆりは天使と呼ばれている生徒会長と対立する。
学校という場所は誰もが知っている場所だから改めて解説する必要はないし、誰もが知っている場所であるから自由な改編を加えて独自世界を作りやすい場所である。学校はある種、一つの自己完結した国家であると見做せるから、独自の制度や制服の創造は、そのまま作品の個性として提示することが可能となる。
音無やゆりはそんな場所に所属しつつも、独自の制度を作り出し、既存勢力に対して反逆をしている。独自の組織をつくり、おそろいの制服に身を包む。その態度は、集団意識への埋没に恐れ、自身の個性のありように執着する思春期の少年少女である。
モブとライブシーンのキャラクターはデジタルで描かれている。デジタルの見分け方は均質化した線と、それからコマの流れだ。通常のアニメは3コマ撮り、つまり24コマ中8コマしか描かれていない。しかしデジタルキャラクターは必ずフルコマで描かれる。手書きアニメには原画と動画という概念に分けられ、原画の決めポーズのためにどのように中割りを描くか、が重要になる。この考え方もデジタルキャラクターにはなく、あまりにも流麗に、正確な均等割で描かれるから違和感が出てしまう。それ以前に、デジタルアニメーターにアニメの素養がまったくない場合もあるが……。
『Angel Beats!』は思春期の少年少女の物語だ。学校という少年たちにとって絶対に通過すべき社会がそこにあり、少年達はその社会への埋没に恐れるように戦いを挑む。少年達は漠然とした社会意識に運営されるただの消費者でしかないいち集団への所属を拒み、重火器を手に個人としてのアイデンティティを声高に叫ぶ。生徒会長を天使と見立て、重火器でのサバイバルは「ごっこ遊び」に過ぎないが、少年達なりのポーズだ。しかし一方で、音無の前には「ゆり」という社会がすでに存在し、音無は「ゆり」という社会規範に対する疑念と不信を抱いている。
学校という少年たちにとって絶対的社会に対して、ただの集団の中の1人ではなくいかに自身としての意思と意識を維持していくのか。『Angel Beats!』はその闘争を激烈な形で描き出してく。
線が細かく、煌びやかな色彩で描かれるキャラクターだが、一方でのっぺりした印象が漂う。レイアウトのパースに合っていない場面が多いのが一つの原因だ。カットごとのキャラクターのフォルムがすっきり洗練されていない印象があり、皺や影の動きに全身運動の連動が感じられない。特に引っ掛かったのは指先の描き方だ。どの指も均質化した線で描かれ、機械的な感覚が漂っている。顔だけ流行に合わせて、という訳にはいかない。
映像にはのっぺりした印象が漂う。単純に言って、壁や床に質感がまるで描かれていないからだ。登場人物の生活を取り囲む小物の一つ一つにも味気ない印象が漂う。超巨大空間という設定の学校も、パースが曖昧で空間の広がりと重量感を感じさせない。光はいつもぼんやりしていて、人物は背景と同じ光と影の中にいない。どのキャラクターも質感を無視して色彩が設定され、あまりにも主張が強く構図の中心を曖昧にさせてしまっている。(キャラクターの髪の色を抜いてしまうと誰が誰なのかわからなくなってしまうのだが)。
ただ空はすっきりと遮るものはなく、いつも層積雲と巻雲を重なる様が描かれる。床にべったりと広がる血の質感は生々しくないが不思議な美しさで艶よく輝いている。建築物の質感よりも、そうした雲や血といった空白部分に、詩情的なものを置いている。
重火器が次々に登場するが、戦闘シーンはエフェクトが美しく飛び交うだけで重量感はまったくない。物語の中心はむしろ言葉のユーモアの中にあり、独特の言い回しが絶え間なく飛び出して見る者を映像世界へと引きこんでくれる。そのリズムと工夫の凝らし方は、さすがに人気作家らしい熟練したものを感じさせてくれる。物語の導入から、世界設定の説明まで見る側にストレスを与えない。続けてみようという意欲を挫かないように物語を展開させている。
近年のアニメは、ほとんどが前提となる原作がすでに存在し、視聴者はすでに知っている物語を再確認するためにアニメを見る。原作のあのシーンをどのように再現しているか、批評家の基準はそれがすべてであり、アニメ制作者の独創を軽視する傾向にある(一方で、「テレビでやってるから原作なんて買わなくていい」という考え方も確実に広まっているのだが)。
『Angel Beats!』はそんな最中に完全なオリジナルとして制作された作品である。だから我々は『Angel Beats!』の物語がどのように発展し、どのような終わりを目指していくかまったくわからない状態にある。この挑戦がどんな結末を目指し、どれだけの人を取り込んでいくのか。批評や経済的な面でどんな前例を残すのか。挑戦は今、始まったばかりである。
作品データ
監督:岸誠二 原作・脚本:麻枝准(Key/ビジュアルアーツ)
キャラクター原案:Na-Ga キャラクターデザイン・総作画監督:平田雄三
チーフアニメーター:宮下雄次 川面恒介 美術監督:東地和生
色彩設計:井上佳津枝 撮影監督:佐藤勝史 3D監督:山崎嘉雅 編集:高橋歩
特殊効果:村上正博 ラインプロデューサー:辻充仁
音楽監督:飯田里樹 音楽:ANANT-GARDE EYE 麻枝准
アニメーション制作:P.A.WORKS
出演:神谷浩史 櫻井浩美 花澤香菜 木村良平
〇 高木俊 増田裕生 徳本英一郎 小林由美子
〇 斉藤楓子 水島大宙 Michael Rivas 牧野由依
〇 沢城みゆき 島崎信長 松浦チエ
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