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■2010/03/09 (Tue)
シリーズアニメ■
1品目 ワグナリアへようこそ♪ 小鳥遊、働く。
住宅街の通りは雪に埋もれかけていた。雪を掻き分け、道の左右に高く積み上げてようやく灰色のアスファルトがちらと姿を現す。なのに、雪はなおも振り続けていた。空は灰色に沈み、絶え間なく振り続ける雪で風景は白く凍りかけていた。
小鳥遊宗太(たかなしそうた)は寒さに背中を丸めて、住宅街の通りを歩いていた。灰色のアスファルトは再び雪に覆われはじめ、泥を吸った足跡をいくつも刻んでいた。
ふと、背後からぱたぱたと走り寄ってくる気配があった。避けようか。しかし確かめる間もなく、気配は宗太の背中にぱたっと倒れ掛かってきた。
宗太は、えっと振り返った。背中にもたれかかっていたのは、長い髪をポニーテールにしている小さな女の子だった。
女の子が顔を上げた。大きな瞳がうるうると揺れていた。
「バイト……バイトしませんか!」
女の子は頬を赤くして、必死な表情で宗太に訴えた。
宗太は意味がわからず、きょとんとして女の子に体を向けた。
「大丈夫、親御さんは?」
きっと迷子の子だ。そう思って宗太は、女の子を屈みこんで穏やかな声で訊ねた。
今度は女の子がきょとんと考えるふうにした。
「えっと、お父さんは公務員で、お母さんは専業主婦です」
女の子は宣言でもするように、元気に手を上げた。
「え、そうじゃ……。ええっと、じゃあまずすぐそこの交番でも行こうか」
……かわいい。思わず宗太はしまりのない微笑を浮かべてしまった。でもとりあえず一般市民の義務として、迷子を交番に送っていかなければいけない。
「あの、違います。ファミレスのバイト勧誘です。一緒に働きませんか」
女の子は一生懸命に首を左右に振って訂正しようとした。
「ええ? ああ、どうしよう。ファミレスごっこ? さすがにちょっと……」
宗太は困ったように考え始めた。さすがにこの年でオママゴトは……。
女の子も困ったように首をぶんぶん振って、考えるようにうつむいた。
「違います。種島ポプラ17歳。高校生です!」
女の子――ポプラはばっとコートをはだけて、学生手帳を突きつけた。紺のセーラー服に、学生手帳には確かにポプラの名前と写真が載せられていた。セーラー服は子供サイズだったけど、学生手帳はどうやら本物のようだった。
「ああ、高校生?」
宗太は信じられない気分でポプラを改めて見詰めた。
「ああ、それで、あの……バイトを探してくれる人を探して……」
ポプラは不安そうになって、また大きな瞳をうるうるとさせた。
ポプラは寒そうに震えて、白く凍りつく息を吐いた。毛糸の手袋で口元を押える。白い頬を、ほんのりと赤く染めていた。それでもポプラは、必死な目でじっと宗太を見詰めていた。
かわいい……! 宗太はさっきより強く思った。しかし12歳以上でこの異様な可愛らしさはありなのだろうか。それにこの生徒手帳に制服、うちの高校と同じで、しかも僕の先輩だ。
いや、ありだな! 宗太は心の中でぐっと拳を握った。
「やります、バイト」
宗太は下心を悟られないように、落ち着いた微笑みを見せた。
「ほ、本当!」
ポプラが感激で目をきらきらさせた。
「はい」
宗太はポプラに頷きかける。
北海道某所。穏やかな街並みに静かに佇んでいるファミリーレストラン。看板にはワグナリアとある。
ガラス戸を押して入っていくと、奥にもう一つ自動扉がある。ピンポーンと来客を内部に告げる音がする。自動扉を潜っていくと、ぱたぱたと小さな女の子が飛び出してきて、私にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ」
女の子に招待されたのは虚構世界の誰かではなく、この物語に接しているあなたである。あの境界を潜り、我々はワグナリアと呼ばれる異空間へと入っていくのだ。
喫茶店にしてもファミリーレストランにしても、アニメにおいては作画困難な場所である。広い空間にテーブルと椅子がいくつも並び、もちろんエキストラもきちんと描かねばならない。空間描画はデジタル任せでできるようになったものの、細かな立体や、エキストラの描写は今でもレイアウトマンや美術の仕事だ。ほとんどのアニメで喫茶店などの空間がバンクや同ポジで描かれるのはそういった理由だ。
『WORKING!!』が描く世界は一つのファミリーレストランである。しかもこの作品はその内部世界、働いている人を中心に物語が描かれていく(その一方で、ファミリーレストランの外の風景はほとんど描かれない)。
多くの人が単に客としてその一部と接するだけのファミリーレストランだが、その内部世界となると、一般の人にとっては一種の異空間である。カウンターの裏には何が置かれ、従業員がどのような顔をして働いているのか。『WORKING!!』はその背景を綿密な調査の上に描かれている。
物語の中心にあるのはユーモラスなキャラクターの対話や交流である。ただしその描写は、徹底したリサーチという土壌の上に構築されている。慎重な調査を重ね、複雑なパースが構築された上に、やわらかなキャラクターが表情豊かに活動している。しっかりした制作体制と作画の力が背景にあるのだろうと想像できる映像だ。安心して見られる作品である。
ワグナリアの制服は昨今のアニメにありがちな突飛な衣装ではない。どこにでもあるような、むしろ地味に思える制服で描かれている。『WORKING!!』が制服やキャラクターに特化した作品ではなく、正攻法でファミリーレストランという場所を描こうとしているのだとわかる。
画像は暖色系を中心に明るい色彩で描かれ、空間の奥まではっきりとした線画で描かれている。レストランを実際以上の明るい空間として演出し、落ち着いた印象を与えている。その一方で、のっぺりしたキャラクター画の色彩と調和するように計算されている。
レストランといえばパースの怪物で、アニメにおいては地味に作画困難なセットだ。だが『WORKING!!』はそんな苦労を感じさせない。舞台を明るく描くことで、ディティールの重さをあえて緩和している。
キャラクターの線は少ないが、一本一本に無駄を感じさせない。見る者にキャラクターの形を過不足なく認識させ、線の一つ一つが次の動きを想定して慎重に描かれている。どの動きも日常的な落ち着いたアクションで見落としがちだが、アニメーターの静かな底力を感じさせる。
中心となるキャラクターは特異な性質や性格で描かれるが、その一方で普通の従業員もいるようだ。もっとも、普通の従業員は描く価値なしと削ぎ落とされてしまっているようだ。アニメのユーザーは、普通の人による普通の物語などに興味はないだろう。
『WORKING!!』はファミリーレストランの内部世界を描いた作品だが、あくまでもファミリーレストランは舞台でしかない。その場所で従業員たちが奮闘する物語ではないし、経営不振の店を立の直すといったストーリーもない。ただそこを舞台にして、キャラクターたちが集り対話と交流を重ねていく。
ファミリーレストランの内幕。そこは一般の人にとっては異界であり、映像のモチーフとしては新しい何かを提供する場所である。
しかし内幕劇といっても仰々しいテーマはなさそうだ。駄目店員の成長物語や、食品偽装のテーマが描かれるわけではない。背景は精密に描かれているが、作り手は現実的な労働者の実態を描こうとはしていない。むしろキャラクターを中心に描かれ、その造形は自由で独創的だ。現実的に考えたら社会性の欠如を疑われるようなキャラクターばかりだ。
『WORKING!!』の作品の中心は、あくまでもファミリーレストランという舞台に集るキャラクターたちの描写である。彼らがどのように交流し、どのように対話していくか。おそらくは状況を進展させるクライマックスはないだろう。停滞しかけた時間的空間でどのように事件やキャラクターを描き、物語を積み重ねていくのか。それが『WORKING!!』という作品の中心的課題であり、同時に見る側の心構えになるだろう。
WORKING!! 公式ホームページ
作品データ
監督・シリーズ構成:平池芳正 原作:高津カリノ
キャラクターデザイン・総作画監督:足立慎吾 プロップデザイン:明珍宇作
色彩設計:坂本いづみ 美術監督:田尻健一 編集:坪根健太郎
撮影監督:廣岡岳 音響監督:鶴岡陽太 音響制作:楽音舎 音楽:MONACA
プロデューサー:清水博之 斎藤朋之 斎藤俊輔
製作:「WORKING!!」製作委員会
制作:A-1 Pictures
出演:福山潤 阿澄佳奈 藤田咲 喜多村英梨
〇 渡辺久美子 小野大輔 神谷浩史 白石涼子
〇 日笠陽子 伊藤静 斉藤桃子
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