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■2009/08/20 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
5
「誰じゃ! そこにおるだろう!」
竹林を前にして、少女が一人で立っていた。誰なのか確認をする前に、鋭い声が私に向けられた。それで、少女が倫であるとわかった。
「私です。あの、望先生の生徒です」
私はいきなり怒鳴られて、気後れするように名乗り出た。
「それ以上近付くな。見合いの儀は同性同士でも成立する」
倫は私に背を向けたまま警告した。
「嘘。……本当に?」
私は思わず聞き返してしまった。この国で同性同士の結婚が認められているなんて、初耳だった。
倫が何かを振り上げた。刀だ。月明かりが刃に光を与えた。光が斜めに落ちた。竹がざわざわ全身を揺らしながら、ゆっくりと地面に滑り落ちた。それが謎の音の正体だった。
「この地域のみに認められている特別な制度だ。お前も、お兄様に惚れておるのか」
倫が刀を鞘に納めて、中断された話を続けた。
「え、それは、その……」
私は倫が手にしている刀にすっかり恐縮してしまった。それに、いきなり「好きか」なんて正面から聞かれても、簡単に答えられるわけがない。
「気にするな。お兄様の女癖の悪さは昔からじゃ。女を見ると、自分のものにしないと気が済まんのじゃ。だから、女の気をひくためならなんでもする。憐れみっぽい振りをしているのも、みんな女の気をひくためじゃ。バカな女ほど、簡単に釣られよるわ」
「先生はそんな人じゃありません!」
私は衝動的に怒鳴って返していた。倫の言葉に軽蔑するものを感じて、許せなくなった。
倫は、ちょっとびっくりしたふうにこちらに横顔を向けた。それからフッと鼻で笑った。精一杯の思いを簡単に押し返されてしまって、私は恥ずかしくて目線を落とした。
「気にするな。悪いのは自分の生徒に手を出したお兄様のほうじゃ」
倫の言葉が少しやわらかくなったように思えた。同性としての同情、みたいなものだろうか。でも私と倫の間に、すれ違いがあるのを感じた。
「あの、眠れないんですか。もう、夜の12時過ぎてますけど。倫さんも“見合いの儀”に参加しているんですか」
それでも、私はいくらか話しやすくなったように思えて、声をかけてみた。
「まあな。糸色家にはおかしな風習が多いのだが、“見合いの儀”もその一つだ。それに、父上はそういう変わった趣向を楽しむ性格でな。それで、私たちも毎年巻き込まれておるというわけじゃ」
倫は毅然とした調子で答えを返してくれた。良家のお嬢様として、一片も隙がないという感じだった。
「あの……。もしかして、夕方のこと、怒ってます? その、絶……って言っちゃたの」
「言うな!」
「ごめんなさい!」
やっぱり怒っていた。私は反射的に頭を下げた。
「恨めしいのはこの名前じゃ。この名前のせいで、何度誤解を受けたことか! 私は早く糸色の名前を捨てたいのに、これだという男はなかなか現れん。今時の男はどれも腑抜けばかりじゃ」
「そうですよね」
倫は厳しい声で不満を訴えた。私は愛想笑いを浮かべて、同意して頷くしかできなかった。
「そうではない。……この頃、夜になると妙な気配を感じるのじゃ。何度か起き出して確かめようとしたのだが、それらしい影は見付からん。気配を探ろうとすると、相手はふっと姿を消す。幽霊か何かを相手にしているようじゃ」
倫は気分を落ち着かせて、改めて説明をした。
私は顔を上げて、倫の後ろ姿の目を向けた。暗い月の明かりに、白い着物がぼんやりと浮かんでいた。多分、寝間着だろう。小さな背中に、波打った長い黒髪が被さっていた。
倫の後ろ姿は、意外なくらい細く小さかった。尊大な態度のせいか大きく思えていたけど、実際には私たちとあまり変わらない。倫の後ろ姿は、闇の中では弱々しく思えるくらい小さく、あまりにも頼りなげだった。
「そんな、気にしすぎですよ。広い家ですから、ラップ音か何かですよ」
私は倫を宥めるように、軽い調子で答えを返した。
「なめるな。武道の心得くらいある。気配を殺しても、不埒者の接近くらい察知できる。そんなものじゃない。確かに何かを感じるんじゃ。それとは違う、もっと異質で暗い気配じゃ……。だが使いの者から、何か失せ物があったなんて報告も聞かん。私は蜃気楼でも追いかけている気分じゃ」
倫は言葉に不安と困惑を浮かべていた。白い影が、危うく闇に飲まれそうに思えた。
「そんなにたくさんの召使がいて、被害もないんだったら、気にしなくていいですよ。そうだ、それはきっと座敷童子か何かですよ。気になるかもしれないけど、悪いものじゃないですよ」
私は可符香の言い草を真似して、明るい声をかけた。
「ならいいがな。しかし、私にはそのようなものには思えん。気をつけろ。この糸色家、何か潜んでおるぞ」
倫が警告するふうに言って、私を振り返った。
その瞬間、お互いにあっとなった。目が合ってしまった。私はさっと目を逸らした。倫も目を逸らした。
「い、今のはなしだからな」
倫が声を動揺で上擦らせていた。
「う、うん」
私は胸を抑えて、頷いて返した。掌に、胸が早鐘を打っているのを感じた。私は、うっかり女の子と目を合わせてしまったことに動揺していたが、それ以上に、倫とならいいかも、なんて思った自分に動揺を感じていた。
次回 P030 第4章 見合う前に跳べ6 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P029 第4章 見合う前に跳べ
5
「誰じゃ! そこにおるだろう!」
竹林を前にして、少女が一人で立っていた。誰なのか確認をする前に、鋭い声が私に向けられた。それで、少女が倫であるとわかった。
「私です。あの、望先生の生徒です」
私はいきなり怒鳴られて、気後れするように名乗り出た。
「それ以上近付くな。見合いの儀は同性同士でも成立する」
倫は私に背を向けたまま警告した。
「嘘。……本当に?」
私は思わず聞き返してしまった。この国で同性同士の結婚が認められているなんて、初耳だった。
倫が何かを振り上げた。刀だ。月明かりが刃に光を与えた。光が斜めに落ちた。竹がざわざわ全身を揺らしながら、ゆっくりと地面に滑り落ちた。それが謎の音の正体だった。
「この地域のみに認められている特別な制度だ。お前も、お兄様に惚れておるのか」
倫が刀を鞘に納めて、中断された話を続けた。
「え、それは、その……」
私は倫が手にしている刀にすっかり恐縮してしまった。それに、いきなり「好きか」なんて正面から聞かれても、簡単に答えられるわけがない。
「気にするな。お兄様の女癖の悪さは昔からじゃ。女を見ると、自分のものにしないと気が済まんのじゃ。だから、女の気をひくためならなんでもする。憐れみっぽい振りをしているのも、みんな女の気をひくためじゃ。バカな女ほど、簡単に釣られよるわ」
「先生はそんな人じゃありません!」
私は衝動的に怒鳴って返していた。倫の言葉に軽蔑するものを感じて、許せなくなった。
倫は、ちょっとびっくりしたふうにこちらに横顔を向けた。それからフッと鼻で笑った。精一杯の思いを簡単に押し返されてしまって、私は恥ずかしくて目線を落とした。
「気にするな。悪いのは自分の生徒に手を出したお兄様のほうじゃ」
倫の言葉が少しやわらかくなったように思えた。同性としての同情、みたいなものだろうか。でも私と倫の間に、すれ違いがあるのを感じた。
「あの、眠れないんですか。もう、夜の12時過ぎてますけど。倫さんも“見合いの儀”に参加しているんですか」
それでも、私はいくらか話しやすくなったように思えて、声をかけてみた。
「まあな。糸色家にはおかしな風習が多いのだが、“見合いの儀”もその一つだ。それに、父上はそういう変わった趣向を楽しむ性格でな。それで、私たちも毎年巻き込まれておるというわけじゃ」
倫は毅然とした調子で答えを返してくれた。良家のお嬢様として、一片も隙がないという感じだった。
「あの……。もしかして、夕方のこと、怒ってます? その、絶……って言っちゃたの」
「言うな!」
「ごめんなさい!」
やっぱり怒っていた。私は反射的に頭を下げた。
「恨めしいのはこの名前じゃ。この名前のせいで、何度誤解を受けたことか! 私は早く糸色の名前を捨てたいのに、これだという男はなかなか現れん。今時の男はどれも腑抜けばかりじゃ」
「そうですよね」
倫は厳しい声で不満を訴えた。私は愛想笑いを浮かべて、同意して頷くしかできなかった。
「そうではない。……この頃、夜になると妙な気配を感じるのじゃ。何度か起き出して確かめようとしたのだが、それらしい影は見付からん。気配を探ろうとすると、相手はふっと姿を消す。幽霊か何かを相手にしているようじゃ」
倫は気分を落ち着かせて、改めて説明をした。
私は顔を上げて、倫の後ろ姿の目を向けた。暗い月の明かりに、白い着物がぼんやりと浮かんでいた。多分、寝間着だろう。小さな背中に、波打った長い黒髪が被さっていた。
倫の後ろ姿は、意外なくらい細く小さかった。尊大な態度のせいか大きく思えていたけど、実際には私たちとあまり変わらない。倫の後ろ姿は、闇の中では弱々しく思えるくらい小さく、あまりにも頼りなげだった。
「そんな、気にしすぎですよ。広い家ですから、ラップ音か何かですよ」
私は倫を宥めるように、軽い調子で答えを返した。
「なめるな。武道の心得くらいある。気配を殺しても、不埒者の接近くらい察知できる。そんなものじゃない。確かに何かを感じるんじゃ。それとは違う、もっと異質で暗い気配じゃ……。だが使いの者から、何か失せ物があったなんて報告も聞かん。私は蜃気楼でも追いかけている気分じゃ」
倫は言葉に不安と困惑を浮かべていた。白い影が、危うく闇に飲まれそうに思えた。
「そんなにたくさんの召使がいて、被害もないんだったら、気にしなくていいですよ。そうだ、それはきっと座敷童子か何かですよ。気になるかもしれないけど、悪いものじゃないですよ」
私は可符香の言い草を真似して、明るい声をかけた。
「ならいいがな。しかし、私にはそのようなものには思えん。気をつけろ。この糸色家、何か潜んでおるぞ」
倫が警告するふうに言って、私を振り返った。
その瞬間、お互いにあっとなった。目が合ってしまった。私はさっと目を逸らした。倫も目を逸らした。
「い、今のはなしだからな」
倫が声を動揺で上擦らせていた。
「う、うん」
私は胸を抑えて、頷いて返した。掌に、胸が早鐘を打っているのを感じた。私は、うっかり女の子と目を合わせてしまったことに動揺していたが、それ以上に、倫とならいいかも、なんて思った自分に動揺を感じていた。
次回 P030 第4章 見合う前に跳べ6 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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