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■2016/07/15 (Fri)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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20
森を出発してから数分後。トヨタ・ブレイドは桟橋の前で停まった。ツグミは隣に座った男を振り返った。窓の外に大きな洋館が建っているのが見えた。こんな小さな島には似合わない建物のように思えた。男は目でツグミに指示を出した。ツグミは意味を察して、右側のドアを開けた。
ツグミは杖を突いて、車の外に出た。冷たい風が横殴りに迫ってきた。日没前とは明らかに違う風だった。冷たくて、攻撃的に感じる風だった。
トヨタ・ブレイドの後部座席から男が出てきた。助手席の男も降りてきた。トヨタ・クラウンからも男たちが降りてきた。
ツグミは後ろに立った男を、ちらと振り返った。男は顎で桟橋の方向を示した。
桟橋の石の階段にも明かりはなく、真っ暗だった。ツグミは慎重に杖を突いて、階段の感触を確かめながら降りていった。
桟橋には、小さな船がいくつも係留されていた。夜の穏やかな波にゆったり揺れていた。
ここからは船での移動らしい。ツグミはそう推測したが、どの船なのかわからないまま桟橋を進んだ。
すると、男がツグミの肩に手を置いた。振り向くと、男はすぐ側に係留している船を指で示した。
船ではなくボートだった。ボートの後部に、向き合ったベンチがあった。ベンチの上に、とってつけたような屋根が付いていた。
ベンチの左側にすでに男が1人座っていた。トヨタ・ブレイに乗っていた、あの長髪の男だ。
ツグミは体が冷たくなるのを感じた。どこでバレてしまったのだろう。もしや、ヒナが自白したのだろうか。それとも尾行が尾いていたのだろうか。
ツグミはボートの前までやってきて躊躇った。桟橋からボートまで、やや距離があった。しかも船は揺れている。しかし、留まっているわけにはいかなかった。ツグミは勢いをつけて、ボートの上にジャンプした。
ボートに着地して、ツグミは思わず膝を付いてしまった。右脚も左脚も、着地の衝撃に耐えてくれなかった。右脛を何かの出っ張りにぶつけたらしく、痛かった。
男たちが次々とボートに乗り込んでくる。ツグミはどうしようかとまごついていると、長髪の男が立ち上がった。男はツグミの肩を掴み、ベンチとベンチの狭間に座らせた。川村も同じ場所に座らせられた。男たちがベンチに並んで座り、その狭間で見下ろされる形だった。絶対に逃げられないポジションだった。
最後の1人が、ビットに掛けられたロープを外し、操縦席に向かった。ボートのエンジンが、ドドドと唸り始めた。静まり返る海の中で、音は派手に轟くような気がした。
ツグミは少しうつむくようにしながら、川村を見詰めた。川村もツグミを見詰めていた。ツグミは恐かった。とにかく恐かった。だから川村から勇気が欲しかった。川村に守って欲しかった。
ボートが進み始めた。速度は遅く、しかも無灯火だった。誰にも発見されずに、密かに移動するつもりだろう。
ボートが進み出すと、男がツグミと川村の上からシートを被せた。固くごわごわした感触が、頭上から覆った。おそらく移動中に誰かに見つかっても、「積み荷だ」とでも言ってごまかすためだろう。
シートが被せられたのはツグミにとって都合が良かった。夜の海の冷たい風から逃れられるし、男たちの威圧的な目線からも逃れられる。それに近いところで川村の体温も感じられた。
ツグミは目を閉じて、男たちが行く先に辿り着くまで、そこでじっとしていようと思った。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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