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■2016/07/10 (Sun)
創作小説■
第14章 最後の戦い
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12
はるか後方で凄まじい爆音が轟いた。地面が揺れて、爆風で周囲の木々が葉を散らした。僧侶の1人が、はっとした顔で振り返った。
僧侶
「行きましょう」
別の僧侶が呼びかけるのに、その僧侶は仲間達とともに山を降りていった。
深く険しい樹海を抜けると、ようやく森に明るい光が射し込んできた。風がやわらかに吹き抜けていく。まだそこに、精霊が息づくのを感じられた。
そこまでやってきて、老師は足を止めた。
老師
「ここまでにしよう」
僧侶達は足を止めた。あの壮絶な戦いを潜り抜けた人達だった。ソフィーとオーク、老師を含めて、わずか20人だった。
ソフィー
「……老師様、これでよかったのですか」
老師
「よかったのだよ。そこの賢明なる王とおなじさ。もっと早く決断するべきだった。彼のほうが、よほど賢明だよ」
オーク
「そんなこと……」
ソフィー
「でも私たちは聖地を失って、これからは何を拠り所にすれば……」
ソフィーは弱々しく首を振る。
勝利したという感じはまったくなかった。引き替えに喪ったものは大きいし、生き残った僧侶も少ない。しかし僧侶達の顔は、なぜか晴れやかだった。
老師
「――ソフィーや。ドルイドの教えは場所にではなく、言葉にこそ宿る。いかなる場所に居を構えようとも、知識が失われることもなく、変えられることもない。そのままの形で、子孫に伝えられる。新しい場所で教えを広めることだってできるだろう。ドルイドの教えは書物ではなく、我々1人1人なのだから」
ソフィー
「……行くのですね」
老師は頷いた。その顔は死を受け入れた者のように穏やかだった。
老師
「ああ。はるか西の彼方。遠い祖先が旅立ったところに。我々もその列に加えさせてもらうよ。この地上に、もう我々のいる場所はない」
ソフィー
「私も従いて行きます」
ソフィーは涙を浮かべて訴えた。
しかし老人は、あくまでも穏やかな顔で答えた。
老師
「お前は残りなさい。お前にはケルトの伝承を残らず託している。お前ほど多くの言葉を身につけられたドルイドは他にいない。お前はこの世に残ることを運命付けられているのだよ。それに、共に旅をしてくれる者もいるだろう。ソフィーよ、お前の旅もいま始まった。お前は命果てるまで多く歩き、多く語り、そして残していくんだよ」
ソフィー
「……はい」
老師
「さらば友よ。どんなに邪な言葉や考えが支配しようとも、草木が長く記憶したものは決して失われない。妖精達は目に見えずとも、風の中に隠れて、人間達の生活を眺めている。物語に現れる妖精は、その断片なんじゃよ。子供の頃に聞いた妖精物語を軽んじてはならないし、忘れてもいけない。ケルトの教えが、物語の影に隠れているから。その教えの中に、我々もいる。ケルトの名を忘れた後も、古い妖精物語を耳にする時、心で我々の存在を感じ、お前達を守り続けるだろう。お前達の言葉にドルイドの知恵が残り、その胸にケルトの勇気が与えられるだろう――。さあお別れだ。行こう。これが最後のカヴァルカードだ」
老師達は弟子達を連れて、森の西へと向かっていった。
その様子はあまりにももの悲しく、粛々としていた。しかし僧侶達はいつまでも笑顔で、泣いているソフィーを時々振り返って、手を振った。
最後のケルトの伝承者の後ろ姿に、オークは深く頭を下げた。ソフィーはいつまでも涙を流して見送った。
草原の向こうに、彼らの姿が見えなくなるまで。森の吹く風に、彼らの気配が失われるまで。
※ カヴァルカード アイルランドでしばしば目撃された、妖精の行列のこと。彼らに連れ去られると、帰ってこられないと言われている。
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