■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2016/07/13 (Wed)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
前回を読む
19
階段から気配が登ってきた。懐中電灯の光が、暗い木々の向こうでちらちらと見え始めた。逃げ場はどこにもなかった。ツグミは川村に助けを求めようと、振り返った。
ところが川村は、広場の端から一歩も動かなかった。川村の背中に、動揺も恐れもなかった。
ツグミは微動だにしない川村の背中に勇気づけられるような気がした。川村が側にいてきっと守ってくれる、と思った。ツグミは恐怖心こそ消えなかったが、逃げないだけの心の準備はできた。
男たちがぞろぞろと広場に現れた。辺りが暗くて何人がやってきたのかよくわからない。とにかくツグミと川村を強引に連れて行くには、充分な人数だった。
男2人がツグミに向かってきた。ツグミは負けないつもりで、男を見上げた。
が、ツグミは反射的に後ずさりしてしまった。暗いシルエットだけになった男は、人間ではないみたいに大きかった。
男はまずツグミに手を差し出した。ツグミは意味を理解して、大人しく手にしていた携帯電話を差し出した。
2人の男がツグミの前と後ろについた。そのまま連れて行くつもりだ。
ツグミは、川村はどうなっただろう、と振り返った。
川村にも男が2人向かっていた。川村は反抗の素振りを見せず2人に従おうとした。すると、1人がいきなり川村を殴った。
ツグミは悲鳴が出そうになって、口を押さえた。川村は倒れなかった。大したダメージではなかったみたいに、軽く口元を拭った。
「行くぞ」
男の誰かが指示を出した。男4人が並んで階段に向かった。ツグミと川村は、4人に挟まれながら階段まで進んだ。
森の中は真っ暗だった。4人の男が懐中電灯で森と足下の階段を照らした。
しかし、ツグミの足下を照らしてくれるわけではなかった。ツグミは慎重に杖で足下を確認しながら、階段を降りていった。
階段は本当に真っ暗だった。さっきと同じ道に見えなかった。まるで、別の場所に通じているように思えた。空気が冷たくて、地上よりはるか下の地底の世界に通じているように感じられた。
ようやく階段が終わり、森の出口が見えてきた。森を出たところに、車が2台、待ち構えていた。先頭がトヨタ・ブレイドで、もう1台がトヨタ・クラウンだった。
道路の向こうから小波の音が聞こえた。星のない夜で海は真っ黒に沈んでいた。何もないところから、小波が聞こえてくるみたいだった。
先頭に立っていた男が、トヨタ・ブレイドの後部ドアを開けた。ツグミは指示を待たずに、トヨタ・ブレイドの後部座席に乗った。
ツグミの隣に男が乗ってきた。助手席にも男が乗った。ほんの一瞬、助手席の車内灯が点いた。助手席の男は、国分駅で見かけたあの男だった。
ツグミはトヨタ・クラウンを振り返った。ちょうど車内灯が点いたところだった。川村が後部座席に座るのが見えた。
トヨタ・ブレイドが発進した。ツグミは正面に首を戻し、そのままうつむいた。心細かった。せめて川村と一緒にいたかった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
PR