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■2016/07/05 (Tue)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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15
5時を回る頃、詫間港に船が入ってきた。ツグミはチケットを買い、船に乗った。ここの船は3時間に1本しかない。絶対に逃してはならない1本だった。粟島行きの船は小さかった。甲板には20人も乗れば一杯になる感じだった。船の客はツグミ1人きりだったけど。
船が詫間港を離れた。船はのんびりした感じで、粟島に向かった。
15分ほどで、粟島の港に到着した。港はいくつもの漁船が繋がれていた。まだ夕暮れだけど、桟橋の周囲にはもう人の気配はなかった。
粟島は小さな島だった。人口は僅かに400人。ツグミの不自由な足でも、1時間もあれば余裕で町を一回りできそうなくらいだった。
ツグミは町を右手にして、海岸沿いの道を歩いた。タクシーの運転手に教わったとおりに城山方面へと向かった。
ツグミは限界の速度で進んだ。時計を持っていないから余計に焦った。約束の6時に間に合わないかも知れない。
町は静まり返っていた。通りには人影すら全然ない。どの家も古めかしい瓦葺き屋根だった。家同士の境に塀すら立っていなかった。電柱もまばらで、現代の風景とは思えない様子だった。
町の風景は、間もなく見えなくなった。結局、人とすれ違うことはなかった。代わりに右手に鬱蒼とした森が現れた。左手には砂浜が続いている。
ツグミは、道は合っているのだろうか、と不安を感じたが、そのまま真っ直ぐ歩いた。ツグミが急いで進む道路に、車は一台も走らなかった。人の気配ともすれ違わない。風だけが、ざわざわと音を立てていた。
海は夜の闇に溶け始めている。夕日の光はほとんど残っていなかった。
しばらくして、車道の脇に立て札が立っているのに気付いた。朽ちかけて、見落としそうな立て札だった。立て札に近付くと、消えかけてた文字で「新山寺」と書かれていた。見落とさなくて本当に良かった。
立て札の背後は鬱蒼とした森で、真っ暗だった。覗き込んでみると、確かに小道があって、階段があるのが見えた。
ツグミはためらいなく、森と闇の中に入っていった。夢中になっていて、恐いと感じるゆとりもなかった。
階段は自然の斜面に、板を当てて階段状にしただけのものだった。時々、藪が行く手を遮っていた。
階段があまりにも長く思えた。見上げても森が深くて、闇ばかりが続いた。ゴールが見えなかった。振り返ると、やってきた道が闇に包まれ、森が帰り道を隠しているみたいだった。
もう引き返せない。ツグミは急に恐いという気持ちに捕らわれた。この階段はどこに向かっているのだろう。なぜか階段が別世界に繋がっているように思えた。
ツグミはすぐに不安を掻き消した。行く先が一つしかないのなら、進むしかなかった。階段を登り切るのに、使命感のようなものを感じていた。
体力は限界まで来ていた。体も脚も重い。しかし脚は停まらなかった。休もうという気にもならなかった。何か別の力が、ツグミの背中を押しているようだった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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