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■2016/06/27 (Mon)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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11
ツグミの手元にある絵は、もちろんキュフナーの描いた絵ではない。川村はデューラーではなく、キュフナーの贋物そっくりに描いてみせたのだ。ツグミは川村の天才的器用さに、溜め息をつきたい気分だった。ミレーにフェルメールにデューラー……。川村が描けない絵など、果たしてこの世にあるのだろうか。
ツグミはヒナを振り返った。ヒナも同じ意見なのか確かめようとした。
ヒナはツグミの話を聞きながら、髪を拭っていた。ヒナは上半身を倒して、前に垂れた長い髪を、タオルで丁寧に挟むようにしていた。
「ありがとう、ツグミ。私が美術館の館長やったら、即採用や。それじゃ、私の見解」
ヒナは髪を拭く作業を中断したた。ツグミに板画を持たせたまま、グイッと上側面を向けさせた。
ツグミは「あっ!」とシートから飛び上がりそうになった。デューラーの板画は、2枚重ねになっていたのだ。
板の厚みは2枚合わせても、わずかに3ミリ程度だった。ツグミは手袋を填めていたから、不自然な感触に気付かなかったのだ。
「釘はわざと弱く打ってあるな。ツグミ、カードでも何でもいいから、挟めるものを出して」
ヒナは板を裏向けて、釘を確認した。釘は粒のように小さく、黄金色をしていた。ちょっと見た感じ、弱そうに見えた。
ヒナは自分のスラックスのポケットから、財布を引っ張り出した。ツグミもバッグの中から財布を取り出した。
ツグミは自分の財布を開けてみた。近所のスーパーの会員カード。それから図書カード。その2枚だけだった。こんなところで、自分の生活圏の狭さを突きつけさせられたような気分になってしまった。
「いいから、突っ込んで」
まごついているツグミに、ヒナが指示を出した。ツグミはスーパーの会員カードを、板画の隙間に差し込んだ。
ヒナも財布の中に入っていたカードを、板と板の隙間に突っ込んだ。ヒナは色んなカードを持っているみたいだった。
板の隙間にカード6枚突っ込む。板が次第に膨らみ始めた。隙間ができた。ツグミは手袋を外して、板と板の隙間に指を突っ込んでみた。かなりきつい隙間だったが、何とか指が入った。
ヒナが板を支えて反対側に引っ張った。板の隙間が、ぐりぐりと広がった。
突然、パンッと音を立てて釘が弾け飛んだ。ツグミはびっくりして目を閉じた。釘はツグミの顔には飛んでこなかった。
ヒナが板画を手に取った。まだ板画の下部の釘が残っていた。ヒナは2枚の板を引き剥がすように、両端を引っ張った。
残り2つの釘も弾け飛んだ。間に挟まっていたカードが、シートの上にばらばらと落ちた。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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