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■2016/06/16 (Thu)
第13章 王の末裔

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13
 早速オークは、新たな政治を始めようと、数少ない臣下を集めた。

ゼイン
「南の海を越えればブリタニア領です。ですがブリタニアはすでにブリデンの手に落ちた。我々の保護者にはなりますまい。荒れ野を西へ進めば、ゼーラ一族の領地です。悪魔の襲撃で多くが死んだと思われますが、人々の安全を保証できる場所ではありません。国土はクロースが作り出した怪物と魑魅魍魎どもに穢され、人が安全に住める場所はもう多くはありません。今や王族は1人だけしかおらず、仕える者はわずかな下級武士ばかり。オーク王よ、いかにして人々を守っていくつもりですか?」
オーク
「……栄えるものはいずか散り、激しく流れ行くものはいつか絶える。運、不運ではなく、定めなのでしょう。私の考えはすでに決まっています」

 オークは多くの指示を、臣下に与えた。それはあまりにも驚くべきものだったが、反対する者はいなかった。動揺を誘うが、反論すべき根拠が見当たらなかった。
 彼らはさっそく長い長い文章を作り、使節を送り出した。旅の計画が練られ、人々に今後について発表を行った。みんな動揺していたが、とにかくも従い、旅の準備に協力した。
 数日後、人々は荒れ地を去った。全てのものを引き払い、食糧など一切残さず、その地を去った。残ったのはただ1つ、セシル王の墓標だけだった。
 旅の最中、兵士達が慎重に行く手を調査し、民に危険が及ばないよう配慮された。何度かネフィリムの襲撃があったが、兵にも民にも犠牲者は1人も出さなかった。
 オークは方々に間者を放っていた。最初に戻ってきたのはジオーレを偵察していた者だった。ジオーレ達はその後、ケール・イズ遺跡のさらに南の地で、理想都市の建設に着手していた。国中からクロースに改宗した人達が集められ、奴隷同然に鞭を受けながら労働を強いられている……という話だった。反抗する者は投獄され、見せしめの焚刑も行われていた。
 大パンテオンを偵察してきた者からの報告も入った。流浪騎士団を味方に加えたリーフ達が、大パンテオンを攻撃していた。戦いはすでに40日目に入っていたが、ドルイド僧達の抵抗は今も続いているそうだ。

 やがてオーク達は王城の西側の海岸にやってきた。長い長い城壁に接した海岸に、ブリデンの軍艦がひしめき、汀にはその兵士達が整列していた。
 オーク達が現れると、ブリデン兵は旗を振り上げた。ヘンリー王が従者を1人連れて、前に進み出た。
 オークもソフィーだけを連れて、ヘンリー王の前に進み出た。

ヘンリー王
「そなたがケルトの王か」
オーク
「はい」
ヘンリー王
「こんな若者であったとは……」
オーク
「内戦で王族の全ては絶えました。残ったのは私1人だけです。私に従う者も、もうあの通り、わずかな者達だけです」
ヘンリー王
「なるほど。よく決心なされた。若年者であるが、感服した」

 ヘンリー王は若き王に敬意を示した。
 すでに文書によって、すべてが了承済みだった。オークはヘンリー王に国を譲る、という約束をしたのだ。この国にはすでに政治の機能がなく、自衛の手段も、民を守る術もなかったからだ。それでもクロースを退けつつ、今後も民を守り続ける必要があった。
 それはガラティア王国の崩壊、消滅を認めるものであった。これがオークが王としてできる、唯一の決断だった。

オーク
「こちらの条件は聞きましたか」
ヘンリー王
「うむ」
オーク
「ならば多くは申し上げません。この城と国は譲りましょう。しかし民に対するいかなる弾圧は許しません。我々は国をなくした後も影の者となり、土地を守るために戦いを続けます。もしあなたが愚かな悪政を行使すれば、我々はいつでも立ち上がり、あなたを攻撃します」
ヘンリー王
「わかっておる。この国の王になる限り、この国の民も、我が民だ。寛大に引き受け、彼らの暮らしを尊重しよう。もし私の部下が私の本位なく差別や暴力を働くなら、分け隔てなく罰を与えよう」
オーク
「感謝します。偉大なる王に。争いなき統治を」

 オークはヘンリー王の前に両膝をつき、頭を下げた。
 しかしヘンリーはオークの前に膝を着き、手を差し伸べた。

ヘンリー王
「若き王よ。誇り高き民の王よ。立つが良い。そなたは誰にも頭を下げる必要はない」

 ヘンリーはオークを立ち上がらせ、握手した。
 こうして2人の王は別れた。
 人々が列を作り、大門のほうへと進んでいった。門の前で、ブリデン兵士に引き渡された。人々はやりきれない顔を浮かべていたが、全てを受け入れて城下町へと戻っていった。
 そんな人々の行列を、オークはじっと見ていた。側でソフィーが、杖を握りしめてうなだれていた。
 すると、オークの前にヘンリー王が騎兵を連れて通りすがった。

ヘンリー王
「あの城を落とすために、父の代から戦って来た」
オーク
「…………」
ヘンリー王
「もう2度と落ちることはないだろう」
オーク
「そう願っています」

 オークはこの強き王に頷いた。
 人々の行列が大門へと入っていき、ブリデンの兵士たちがそれに随伴した。ヘンリー王も忠臣とともに大門を潜っていった。
 無人の城は、遠からず復興するだろう。人々は笑顔を取り戻し、街にも潤いが取り戻されるだろう。
 オークは僅かに残った、忠臣達の許に戻った。

ルテニー
「なぜだ王よ! なぜ戦わなかった! 剣を振るえば、あの王の命は取れたはずだ!」

 オークは首を振った。

オーク
「そんな些細な勝利を得て、何とします。彼らとの戦いはもう終わったのです」
ルテニー
「この腰抜けの王め! なぜ土地を守ろうとしない。なぜ異民族に土地を穢されるのを黙って見ている! 戦うのだ! かつての勇者達のように。ケルトの男なら、最後まで戦うべきだ!」
オーク
「いいえ。どんなに時を経て、異邦人が土地を穢そうとしても、そこに根づいているものは簡単には失われない。人々はその大地に育つものを植え、物語を語り、育ませていきます。もしも何かを変えようとしても、大地に住まう精霊が人間に反逆を仕掛けるでしょう。――妖精達は決して死にはしない。私たちが語り手の役目をやめても、新しくやって来た者達が妖精の語り手となり、ケルトの伝承者となり、語り継いでいくでしょう。妖精の物語は、この大地に生きているのだから」
ルテニー
「……俺は認めない。俺は俺の仲間とともに、俺達だけでも戦い続ける」
オーク
「構わない」

 ルテニーはオークに敬礼を送り、何人かの同志を連れて、その場を去って行った。
 次に、ゼインがオークの前に進み出た。

ゼイン
「……すまんな。若者は口が悪いものだ。気持ちは汲み取ってやってくれ」
オーク
「わかっています」
ゼイン
「さて。わしも行かせてもらおうかの。行き着いた土地で、子供達に妖精物語を語って聞かせましょう。物語にこそ、その土地に暮らし続ける人々の精神が宿る。オーク王が言うように、私が語り手となって物語を残しましょう。――最後の王よ、あなたは誇り高き人であった。あなたの治める国が見られなくて残念だ。さらばだオーク王よ。あなたの物語は必ず人々に残そう」

 ゼインはオークに最上級の敬礼を送ると、また何人かの同志を引き連れて去って行った。

オーク
「アステリクスはどうします」
アステリクス
「私は……王に、オーク様に従いて行きたいと思います」

 残った兵達も、同じ気持ちだったようだ。

オーク
「そうか。では行きましょう」

 オークは馬に跨がった。

アステリクス
「どこへ?」
オーク
「この国を守る戦いは終わっていません。大パンテオンへ。この国の教えを守るのです。これが最期の戦いになります。これより先は命の保証はしない。最後の1人になるまで戦う覚悟のある者のみついて来い。行くぞ!」

 オークは南へ進路を向けると、馬の腹を蹴った。戦士達がその後に従いていった。
 しかし兵士の1人がそこにとどまった。城を振り返る。人々の行列はまだ続いている。城は古いシンボルが取り除かれる作業が始まっている。ブリデンの旗が翻っていた。
 兵士は一度うなだれるが、顔を上げて城に敬礼を送ると、そこを後にして皆に従いて行った。

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