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■2016/05/26 (Thu)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
15
光太の話が終わって、アトリエに沈黙が漂った。ツグミは光太がさらなる情報をもたらしてくれると思い、待った。ヒナも身を乗り出し気味で、光太の次の話を待った。
「ん? 俺の話は終わりやで」
光太は一息つこうと、コーヒーカップに手を伸ばしかけていた。
「他に、何か思い出せる事件とか、ありませんでしたか。小さなことでもいいんです。街で川村さんらしき人を見たとか、噂を聞いたとか……」
ヒナは慌てて早口になっていた。何も手掛かりが出てこなかったのに、焦った感じだった。
「いや、ないよ。川村は姿を消した。これで、俺の話は終わりや」
光太は首を振って、あっさりと否定した。
場の空気がいきなり変わってしまった。何か出てくるかも知れない、という緊張感や期待が、さらさらと溶けてしまった。
アトリエに何となくちぐはぐとした空気が包んだ。ひどく白けた感じで、もどかしい感じだった。
ヒナは全身から力が抜けたように、ソファにもたれかかった。両掌を顔に当てて拭うみたいにしていた。
ツグミはうつむきながら、ヒナの様子を観察した。ヒナはすぐ横で見ていると、辛そうだった。色んな疲労がどっと出たに違いなかった。
ツグミも拍子抜けみたいな気分になって、鼻から溜め息のような息を吐いた。そうやって、何気なくトレンチコートのポケットに手を突っ込む。
すると、右のポケットに何かが触れる感じがあった。ツグミはハッとなった。引っ張り出してみる。ノートの切れ端が1枚出てきた。
ノートの切れ端を開いてみる。描かれているのは、ツグミの稚拙というしかない絵だった。しかし、今この場における、唯一の手掛かりだった。手掛かりだったけど、ツグミは絵を公開するのを躊躇ってしまった。
アトリエは興醒めした空気が支配的になっていた。光太は静かにコーヒーを啜っている。ヒナは無気力な目で天井を仰いでいる。
それでもツグミは躊躇ってしまった。ここにいる2人は、絵のプロだ。そのプロの厳しい論評に耐えられるほど、ツグミは自分が打たれ強くないのを理解していた。だから躊躇ってしまった。
しかし、今の停滞した空気もいたたまれなかった。その2つを両天秤に掛けて、ツグミはようやく決心した。
「ヒナお姉ちゃん、この絵なんやけど……」
ツグミはヒナを上目遣いにして、ポケットに入れていた絵を差し出した。
絵はずっと2つ折りになっていたし、さらにポケットに入れたままだったので、すっかりヨレヨレになっていた。
ヒナはツグミから絵を受け取って、そこに描かれているものを見詰めた。ヒナは眉間に皺を寄せて、厳しい顔をした。
ツグミは、「笑われる」と思って、心の中で身構えた。
が、ヒナは沈黙したままだった。
「ツグミ。これ、どうしたん?」
ヒナはツグミに訊ねながら、光太に絵を手渡した。
光太は絵を受け取って、ソファにもたれかかり、絵を目の位置より高い場所に掲げて見た。光太もなぜか神妙そうな顔をしていた。
「あの、それじゃ、岡山に行った話からするね……」
ツグミは誰も笑わないのに、ホッとするような拍子抜けのような気持ちになりながら、話を始めた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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