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■2015/12/11 (Fri)
創作小説■
第5章 Art Crime
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8
岡田が告げた住所は、倉敷市だった。名前は「大原」だ。正確には、大原から岡田まで、間に数人の画商が仲介している。美術商は普通、秘密主義だからこういう経路はなかなか知り得ないものだ。岡田は胡散臭い男だが、付き合っていると思いがけない特典に巡り合わせてくれる。
ツグミは次の日曜日を待って、新幹線に乗った。
大原家はちょっといいところらしい。ツグミはそれなりに気合を入れて、服装はシックな黒のキャミソールに、下はセピアカラーのグラデーションが入った膝までのスカートにした。上には明るいパステル・カラーのオシャレなトレンチコートを羽織った。ヒナのお下がりだ。
新幹線で岡山駅に行き、続いて伯備線で倉敷市に入る。新神戸駅から50分の短い旅だった。
目的地は美観地区ではないが、倉敷市特有の白塗りの壁と瓦屋根が並ぶ。近代的な様式はなく、古い時代の趣を残した風景が続いた。
通りを行く人々も、どことなく穏やかで品があるような感じがあった。時代を間違えてきたような、その地域ならではの風格が、風景全体に溢れているようだった。
大原家はそんな一角に大きな屋敷を構えているらしい。ツグミは住所を書いたメモと地図を片手に、大原家を探した。
間もなく、大原の家を見つけて、「え?」と驚きの声を上げた。
角を曲がると、白漆喰の外塀がずっと続き、堀がぐるりと囲い込んでいた。外塀の向うに、時代がかった数奇屋造りの堂々たる瓦屋根が見えた。その一帯すべてが、大原家の屋敷なのだ。
芦屋の金持ち屋敷を出入りしていたツグミも、唖然とするしかなかった。さすがは倉敷、と無根拠に感心した。
ツグミは外塀を右手に数百メートル、ふうふうと息が切れそうになるくらい歩き、ようやく正門を見つけた。インターホンを押すと、執事っぽい声の人が応対してくれた。岡田がすでにアポイントメントの電話を入れてくれていたので、すんなり通してくれた。
大きな追手門を潜ると、その向こうにもアスファルトの道路が現れ、それをさらに越えたところに再び門があった。今度の門は、瓦屋根を載せた小さな格子戸の門だった。それをからからと音を立てながら開けると、幾何学模様に張りこんだ花崗岩の敷石が、屋敷の入口に向って続いていた。
そこまでやって来ると、ラフなシャツ姿の執事がうやうやしく頭を上げて、ツグミを招き入れた。ツグミは何となく恐縮する思いで、執事の後に続いた。
玄関戸を潜ると、広く解放的な玄関が現れた。正面は幅の広い廊下になっていて、障子戸の向うに道場のような広い造りの大広間が見えた。玄関にも大広間にも余計な装飾は一切なく、木造組構法のシンプルな味わいを堪能できた。
この時点で、ツグミは屋敷主の感性に感心した。成金の多くは、ゴテゴテと飾り立てて、自分の財力をアピールしたがるものだ。しかし大原家には、いわゆる成金とは違う、余裕のようなものを感じた。
屋敷の長い長い廊下を潜り抜けて、10畳ほどの客間に案内された。普通なら大広間といったところだが、この規模の屋敷だと、小部屋といった感じになってしまう。
屋敷の女中は、ツグミの左脚が不自由なのを察して、座面が底上げされた座椅子を用意してくれた。
こんな厚遇は滅多にない。ツグミは気分が良くなり、再びまだ見ぬ主への関心を強めた。
屋敷の主は、いま忙しく、しばらくお待ち下さい、と女中は無駄のない所作で辞儀をして、お茶を残して去っていった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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