いつもの5人組が、リアル鬼ごっこに夢中になっていた。
路上を走り、公園を横切り、町に舞台を移して、いつのまにか知らない路地裏に踏み込んでいっていた。
すると、急に町の喧騒が遠ざかって沈黙が漂った。周囲は高いビルに取り囲まれて陰を落としている。
そんな場所に、ひっそりと映画館が立っていた。
『カスカベ座』
こんな人なんて誰も来そうにない場所に、どうして映画館が?
疑問に思うより先に、しんのすけたちは好奇心と冒険心に胸躍らせて、映画館の中に入ってしまう。
人の気配は全くないのに、映写機はカタカタと動き続けている。不気味な雰囲気だが、子供の冒険心が優る。皆で一緒に映画をみていたが、ふと気付くと、しんのすけ一人になっていた。しんのすけは、皆が先に帰ったと思い込む。
一人きりで家に帰っていくしんのすけ。もうすっかり夜が遅くなっていた。
しかし、他の子供たちがまだ映画館から帰ってきていない。
映画館の中で、子供たちが消えてしまった。
しんのすけは、ひろしとみさえを引き連れて、再び映画館へと向かった。
映画の世界に入ってしまうと、日常での記憶は消えてしまう。子供たちはすでに映画の世界に取り込まれていて、日常の記憶をなくしてしまう。日常を忘れるのも映画の魔力の一つだ。
子供たちは、夢中で遊んでいるうちに、不可思議なアウターゾーンへと踏み込んでいく。
子供の頃には、そういう体験がしばしばある。
遊びで夢中になって駆け回っているうちに、いつも決して行かない、入ってはいけない場所に入ってしまう。
そこで、思いがけない何かを発見する。
現実ではない、異世界への扉。
すぐに帰らなくちゃいけない。
でも、もう帰り方がわからない。異世界の空気はあまりにも魅力的で、帰ろうとしても子供の心を捉え、いつのまにか異世界の住人にしてしまう。
細くて暗い路地の向こう。
そんな場所にある映画館は、もしやアウターゾーンかもしれない。
西部劇世界に登場する人物たちは、皆どこかで見た顔ばかり。マニアなら、にやりとさせる場面が多い。子供より、大人を夢中にさせてしまう『クレヨンしんちゃん』らしい。
『クレヨンしんちゃん』の劇場シリーズといえば、毎回、不可解でシュールな異世界が登場する。
今回の主要な舞台は、もっと現実的な映画館であり、《西部劇》の世界観だ。
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』ははっきりと《西部劇》であると設定された珍しい作品だ。
ただし、登場人物の大半は“日本人である”と設定している。
完全な《西部劇》ではなく、わざわざ日本人を交えた無国籍映画とするところが、マニアックな『クレヨンしんちゃん』シリーズらしいひねり方だ。
左のカットは、どう見ても水野晴郎。映画好きで、映画世界に迷い込んできた、という、あまりにもそのまんまな設定。右のカットは、今作のヒロイン、つばきちゃん。毎回ヒロインには独特のこだわりがあり、今回もなかなかの美少女が登場する。
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』での西部劇は、やや特殊である。
はっきりとそこが映画の中であることを強調し、映画の仕組みそのものが解説される。
永遠に繰り返される映画世界。
同じ場面、同じ時間を繰り返す世界。
そう、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』での映画世界は、延々と同じリールを繰り返し続けているのだ。
だから、映画が終わりたくても、決して終われないのだ。
作品としては、他の劇場シリーズよりアクションは少なめ。一方でバイオレンスが多い。いつもの痛快さとは違って、重さのあるドラマを作り出している。ただし、半ばにダレ場があり、やや長い印象がある。ダレ場も本作の特色でもあるが、展開が合理的ではなく、ややマイナス点だ。
毎回、独特な印象を与える『クレヨンしんちゃん』の劇場シリーズだが、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』が与えるインパクトは、その他のシリーズよりもっと独特だし、深い。
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』が解説しているのは、映画という魅力、映画の魔力それ自体である。
映画の世界は、途方もなく魅力的だ。スクリーンに映されるカットの隅々までに魔力が込められている。
できれば、この恍惚的な瞬間を永久に続けたいとすら思う。
だが、永久に終わらない映画がもしあったとしたら。しかも、その世界から逃れられなくなったとしたら。
そんな映画がもし存在したら、映画の魔力は悪魔の呪術となって、見る者を無間の地獄の中に取り込んでしまうだろう。
映画への愛情がたっぷり詰まった作品。
『クレヨンしんちゃん』の劇場シリーズといえば『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』が圧倒的人気で、本作は陰に隠れやすい。だが、間違いなく傑作映画のひとつだ。
映画とは、いつか終わるものだ。
どんな魅力的な映画も、どんなカリスマ性を帯びた登場人物の人生も、たった2時間でお別れするのが映画だ。
映画には次の展開があり、クライマックスがあり、感動的なエンディングがある。
だからこそ映画は素晴らしい。
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』が語り、表現したのは、映画そのもの魅力だ。
そして、映画への無限の愛情である
そんな魅力的な映画も、やはり2時間で終わり、日常に帰らなければならない。
作品データ
監督:水島努 原作:臼井儀人
音楽:荒川敏行 宮崎慎二 脚本:水島努
絵コンテ:水島努 原恵一
色彩設計:野中幸子 色指定:下浦亜弓
制作:シンエイ動画
出演:矢島晶子 ならはしみき 藤原啓治
こおろぎさとみ 真柴摩利 林玉緒
一龍斎貞友 佐藤智恵 斎藤彩夏
村松康雄 長嶝高士 宝亀克寿
玄田哲章 大塚周夫 内海賢二