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■2009/07/29 (Wed)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
P008 第2章 毛皮を着たビースト
5
……かーごーめーかごーめー
かーごのなーかのとーりーはー……
どこかで、女の子の歌う声が聞こえた。声は細く伸びきって、今にも途切れそうだった。
いーつーいーつーでーやーうー……
空は真っ赤に燃え上がっていた。東の空が焦げ付くような真っ黒な色に沈んでいた。
そんな空の下に、女の子が一人、ちょこんと座っていた。
女の子は一人きりでうずくまり、顔を掌で覆って、唄を歌っていた。
私は何となく不思議な心地で、女の子を見ていた。目の前の風景も足元も、なんとなくふわふわと浮かび上がるような気がした。そこに立っているという感じではなかった。
女の子は一人で唄を続けていた。孤独な声が、静寂が包み始める夕暮れに、ぽつんと漂っているようだった。
私は、女の子の側へ走った。
「……ちゃん、何しているの?」
私は女の子の名前を呼んだ。
ゆっくりと意識が覚醒するのを感じた。でも、まだ意識は現実と夢の境を曖昧に漂っていた。
「……よーあーけーのばーんにー……」
女の子の歌の続きが聞こえてきた。掌に、暖かなぬくもりを感じる。きっと握っていてくれたんだ。
「……ちゃん、何しているの?」
私は女の子の名前を呼んだ。
間もなく曖昧だった感覚が、はっきりした形を持ち始めた。白く霞んだ世界が、輪郭線を持ち始める。
側にいたのは可符香だった。可符香が私を見詰めながら、ゆったりとした調子で唄を口ずさんでいた。
「起きた?」
可符香が優しく微笑んだ。
私はまだ夢の中の気分が抜けず、ぼんやりとしていた。可符香の顔に、暗い灰色の影が落ちていた。
周囲を消毒液の臭いが包んでいた。私はベッドの上だった。そこは保健室で、私はベッドで眠っていた。左の窓を振り向くと、空が灰色に曇って、雨が静かなせせらぎのような音を立てていた。
ベッドを囲むカーテンが揺れて、誰かが顔を出した。千里だった。
「やっと、起きた。風浦さん、私、智恵先生呼んでくるわね。」
千里は目を覚ましている私に微笑みかけると、可符香に言付けをして急いで保健室を出て行った。
私は浅くため息をついた。寝起きの体はひどく気だるくて重かった。
「可符香ちゃん、私、どうしたの?」
私はとりあえず状況を知ろうと訊ねた。
「奈美ちゃん、ごめんね。奈美ちゃん、あのホルマリン漬けを見て、びっくりして気絶しちゃったんだよ。恐い思いさせてごめんね」
可符香は申し訳なさそうに微笑んだ。私は怒っていなかったし、もし怒っていたとしても、可符香のそんな顔を見るとすべて許せてしまう気がした。
「ううん、いいの。それで、あの部屋は? 蘭京さんは?」
私は枕の上で首を振って、次の質問をした。
「すぐに先生がやってきて、警察に通報されたわ。いま用務員室は、警察の人で一杯だよ。学校はすぐに休校になって集団下校。学校に残っているのは、私たちと先生だけ。蘭京さんはどこに行ったかわからない。みんな探しているけど、見つからないの」
可符香は丁寧に、あの後のできごとを一つ一つ説明してくれた。
私は、もう一度窓を振り返ってみた。ベッドの左側は窓になっていた。灰色に色を失っている風景に、時々赤い光が混じるのに気付いた。パトカーの警光灯だ。本当に、警察が来ているらしかった。
体がはっきり覚醒してくると、夢で見た光景が頭の中に浮かんだ。あれは、幼稚園の頃の風景だ。あのとき私は、あの女の子と……。
とそこまで考えたところで、私は思考が止まってしまった。あの女の子は、なんていう名前だっただろう。私は覚醒する瞬間、なんて言ったんだろう。
ふと私は、可符香を振り返った。その顔をじっと見詰める。可符香はまだ私の掌を握ったままで、私の視線を受けてかわいらしく首をかしげた。
「ねえ、可符香ちゃん。可符香ちゃんって、小さい頃、あちこち引越ししていたんだよねえ? それじゃ、○○○幼稚園って、通ったことない? ここの地元の幼稚園なんだけど。私、子供の頃、可符香ちゃんと会っている気がするの」
私は可符香の顔が、夢の中の女の子とぴったり重なるような気がした。だからもしかしたら、と訊ねてみた。
可符香は、考えるように宙を見上げたり、うつむいて唸ったりした。しばらく時間がかかるようだった。
「一度通った幼稚園とか小学校とかは、ちゃんとみんな憶えているつもりだけど……。ごめんなさい。○○○幼稚園に通った憶えはないわ」
可符香はごめんなさいと、と首を振った。
「ううん、いいよ。私の記憶違いだったみたいだから」
可符香にそんな顔をされて、私も申し訳なくなって首を振った。
多分、記憶違いだろう。幼稚園の頃の記憶だし。小さい頃のことだから、思い込みで記憶の書き換えなんかしてしまったのかもしれない。
でも、時々可符香に感じる、この懐かしい感じはなんだろう。本当に私は、あの頃に可符香に会わなかったのだろうか。
次回 P009 第2章 毛皮のビースト6 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P008 第2章 毛皮を着たビースト
5
……かーごーめーかごーめー
かーごのなーかのとーりーはー……
どこかで、女の子の歌う声が聞こえた。声は細く伸びきって、今にも途切れそうだった。
いーつーいーつーでーやーうー……
空は真っ赤に燃え上がっていた。東の空が焦げ付くような真っ黒な色に沈んでいた。
そんな空の下に、女の子が一人、ちょこんと座っていた。
女の子は一人きりでうずくまり、顔を掌で覆って、唄を歌っていた。
私は何となく不思議な心地で、女の子を見ていた。目の前の風景も足元も、なんとなくふわふわと浮かび上がるような気がした。そこに立っているという感じではなかった。
女の子は一人で唄を続けていた。孤独な声が、静寂が包み始める夕暮れに、ぽつんと漂っているようだった。
私は、女の子の側へ走った。
「……ちゃん、何しているの?」
私は女の子の名前を呼んだ。
ゆっくりと意識が覚醒するのを感じた。でも、まだ意識は現実と夢の境を曖昧に漂っていた。
「……よーあーけーのばーんにー……」
女の子の歌の続きが聞こえてきた。掌に、暖かなぬくもりを感じる。きっと握っていてくれたんだ。
「……ちゃん、何しているの?」
私は女の子の名前を呼んだ。
間もなく曖昧だった感覚が、はっきりした形を持ち始めた。白く霞んだ世界が、輪郭線を持ち始める。
側にいたのは可符香だった。可符香が私を見詰めながら、ゆったりとした調子で唄を口ずさんでいた。
「起きた?」
可符香が優しく微笑んだ。
私はまだ夢の中の気分が抜けず、ぼんやりとしていた。可符香の顔に、暗い灰色の影が落ちていた。
周囲を消毒液の臭いが包んでいた。私はベッドの上だった。そこは保健室で、私はベッドで眠っていた。左の窓を振り向くと、空が灰色に曇って、雨が静かなせせらぎのような音を立てていた。
ベッドを囲むカーテンが揺れて、誰かが顔を出した。千里だった。
「やっと、起きた。風浦さん、私、智恵先生呼んでくるわね。」
千里は目を覚ましている私に微笑みかけると、可符香に言付けをして急いで保健室を出て行った。
私は浅くため息をついた。寝起きの体はひどく気だるくて重かった。
「可符香ちゃん、私、どうしたの?」
私はとりあえず状況を知ろうと訊ねた。
「奈美ちゃん、ごめんね。奈美ちゃん、あのホルマリン漬けを見て、びっくりして気絶しちゃったんだよ。恐い思いさせてごめんね」
可符香は申し訳なさそうに微笑んだ。私は怒っていなかったし、もし怒っていたとしても、可符香のそんな顔を見るとすべて許せてしまう気がした。
「ううん、いいの。それで、あの部屋は? 蘭京さんは?」
私は枕の上で首を振って、次の質問をした。
「すぐに先生がやってきて、警察に通報されたわ。いま用務員室は、警察の人で一杯だよ。学校はすぐに休校になって集団下校。学校に残っているのは、私たちと先生だけ。蘭京さんはどこに行ったかわからない。みんな探しているけど、見つからないの」
可符香は丁寧に、あの後のできごとを一つ一つ説明してくれた。
私は、もう一度窓を振り返ってみた。ベッドの左側は窓になっていた。灰色に色を失っている風景に、時々赤い光が混じるのに気付いた。パトカーの警光灯だ。本当に、警察が来ているらしかった。
体がはっきり覚醒してくると、夢で見た光景が頭の中に浮かんだ。あれは、幼稚園の頃の風景だ。あのとき私は、あの女の子と……。
とそこまで考えたところで、私は思考が止まってしまった。あの女の子は、なんていう名前だっただろう。私は覚醒する瞬間、なんて言ったんだろう。
ふと私は、可符香を振り返った。その顔をじっと見詰める。可符香はまだ私の掌を握ったままで、私の視線を受けてかわいらしく首をかしげた。
「ねえ、可符香ちゃん。可符香ちゃんって、小さい頃、あちこち引越ししていたんだよねえ? それじゃ、○○○幼稚園って、通ったことない? ここの地元の幼稚園なんだけど。私、子供の頃、可符香ちゃんと会っている気がするの」
私は可符香の顔が、夢の中の女の子とぴったり重なるような気がした。だからもしかしたら、と訊ねてみた。
可符香は、考えるように宙を見上げたり、うつむいて唸ったりした。しばらく時間がかかるようだった。
「一度通った幼稚園とか小学校とかは、ちゃんとみんな憶えているつもりだけど……。ごめんなさい。○○○幼稚園に通った憶えはないわ」
可符香はごめんなさいと、と首を振った。
「ううん、いいよ。私の記憶違いだったみたいだから」
可符香にそんな顔をされて、私も申し訳なくなって首を振った。
多分、記憶違いだろう。幼稚園の頃の記憶だし。小さい頃のことだから、思い込みで記憶の書き換えなんかしてしまったのかもしれない。
でも、時々可符香に感じる、この懐かしい感じはなんだろう。本当に私は、あの頃に可符香に会わなかったのだろうか。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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