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■2015/11/25 (Wed)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
コルリが入ってきて、ヒナが体をもどかしそうに捩じらせた。起き上がりたいけど、起き上がる気力がないのだ。ツグミはそう察して、ヒナに被さるように背中に両腕を回し、体を起こさせた。
コルリがヒナの前で膝をついて、心配そうにその顔を覗き込んだ。
ヒナはツグミとコルリを安心させるみたいに、無理に微笑を浮かべると、コルリが手にしていたトレイを手に持ち、自分の膝の上に載せた。
ヒナはレンゲを手にして、米をすくい、少しふうふうして口の中に運んだ。コルリはヒナが食べ始めたのを見届けて、部屋の奥まで「探検」をして、椅子を持って戻り、ヒナの手前に座った。
しばらくツグミとコルリは、ヒナが食べるのを見守っていた。ヒナはゆっくりと米をすくい、時間をかけて咀嚼して、飲み込んだ。
「報告、しなくちゃあかんよね。あの絵画の鑑定は……」
と区切りを置いて、ツグミとコルリを見た。
「判定は真画でした」
弱々しい顔に微笑を浮かべた。いま気付いたけど、すっかり頬がこけていて、そのせいで微笑みが痛々しく見えてしまうのだ。
ツグミとコルリは顔を見合わせた。コルリの顔に、安堵の喜びが浮かんでいた。
ついでに、その時に集った“ミレーの権威”による会議で、ミレーの絵画に70億円という推定価格がつけられた。ヒナの目利きの正しさが完璧に証明されたのだ。
「よかったやん。これでヒナ姉、元通り仕事できるんやろ」
コルリは嬉しそうに身を乗り出した。しかし、ヒナは寂しそうに笑った。
「残念。ミレーが真画だったのは、偶然でしょう、っていうのが美術館全体で一致した意見。だ~れも私の実力なんて信じてくれへんかったわ。さんざんやったわぁ。学芸員失格って言われちゃった。騒動を起こした責任とかで明日から京都の関連会社に異動。今夜で2人ともしばらくお別れや」
ヒナは静かに語り、最後には声が泣きだしそう崩れてうつむいてしまった。
「そんな、偶然なわけないやん。ヒナお姉ちゃんの目利きが間違えるはずがない。あれは……」
ツグミは慰めようと必死に捲くし立てるけど、途中で言葉を濁らせた。
コルリに目を向ける。コルリは無言で首を振った。宮川の件は、まだヒナに報告していないし、今は言うべき状況ではない。
「ありがとう。でも、もう決定事項だから。クビよりマシやわ」
ヒナは目元を拭いながら、呟く声を震わせていた。
「ヒナお姉ちゃん、京都のどこ? 何ていう美術館?」
諦めるように、ツグミはヒナを覗き込んで話題を変えた。
「美術館違うんや。製薬会社。暗黒堂製薬。薬品のテストをやっている会社で、絵とは何の関係のない会社や」
ヒナはちょっと声を明るくして、ツグミを振り返った。
暗黒堂といえば、ミレー展の主催企業の名前だ。
ヒナは医薬品免許も持っていた。修復の仕事は多くの薬品も扱う。物によっては、免許が必要なものもあった。
「明日から……。それじゃ、明日にはもう、おらへんの?」
ツグミは泣き出しそうになりながら、身を乗り出した。
「うん、そうやな。着るもんだけまとめて、明日の始発には乗らなあかんのや」
ヒナは頷いて答えた。「ちょっと旅行に行くだけ」という感じで言いたかったのかも知れないが、あまりにも場の空気が重かった。
ツグミは、ついに耐え切れなくなって、ヒナの体にすがりついた。
「ヒナお姉ちゃん、私、寂しい」
ヒナは雑炊をヘッドボードに置いて、ツグミを抱き寄せて、その頭を撫でた。
ツグミはすぐに、あっと声を漏らし、顔を上げた。
「ごめん。服汚してしもうた」
ツグミが顔をうずめたそこに、涙のシミがついてしまっていた。
「ええよ。どうせ明日の朝、着替えるし、それにもう見てくれるような人もおらんようになるしな」
ヒナはおどけるように言って、ツグミの体を強引に抱き寄せた。
ツグミは遠慮なく、甘えるようにヒナにすがりついて、すすり泣いた。
コルリも上から被さるようにヒナに抱きついた。コルリはヒナの肩口に顔を押し当て、小さくすすり泣く声を上げていた。
「よし。じゃあ、今夜は皆で一緒に寝よう。もうずっと一緒に寝てなかったやろ。なっ、そうしよう」
ヒナは明るい声で提案し、ツグミとコルリを見た。
ツグミが顔を上げる。ヒナの頬にも涙の跡がいくつも浮かんでいた。
ツグミとコルリは、ヒナの顔を見上げて「うん」と子供みたいに頷き、ヒナの体に抱きついた。
そのままの格好で、3人は抱き合ったまま、眠りについた。
ツグミの落ち込んだ気持は、ヒナのぬくもりに抱かれて、ゆっくりと癒されるようだった。いつ眠りに入ったか、記憶になかった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第4章 美術市場の闇
前回を読む
18
コルリが戻ってきて、肘でドアを開けた。コルリはトレイに、水を入れたグラスと、雑炊を入れた鉢を載せていた。コルリが入ってきて、ヒナが体をもどかしそうに捩じらせた。起き上がりたいけど、起き上がる気力がないのだ。ツグミはそう察して、ヒナに被さるように背中に両腕を回し、体を起こさせた。
コルリがヒナの前で膝をついて、心配そうにその顔を覗き込んだ。
ヒナはツグミとコルリを安心させるみたいに、無理に微笑を浮かべると、コルリが手にしていたトレイを手に持ち、自分の膝の上に載せた。
ヒナはレンゲを手にして、米をすくい、少しふうふうして口の中に運んだ。コルリはヒナが食べ始めたのを見届けて、部屋の奥まで「探検」をして、椅子を持って戻り、ヒナの手前に座った。
しばらくツグミとコルリは、ヒナが食べるのを見守っていた。ヒナはゆっくりと米をすくい、時間をかけて咀嚼して、飲み込んだ。
「報告、しなくちゃあかんよね。あの絵画の鑑定は……」
と区切りを置いて、ツグミとコルリを見た。
「判定は真画でした」
弱々しい顔に微笑を浮かべた。いま気付いたけど、すっかり頬がこけていて、そのせいで微笑みが痛々しく見えてしまうのだ。
ツグミとコルリは顔を見合わせた。コルリの顔に、安堵の喜びが浮かんでいた。
ついでに、その時に集った“ミレーの権威”による会議で、ミレーの絵画に70億円という推定価格がつけられた。ヒナの目利きの正しさが完璧に証明されたのだ。
「よかったやん。これでヒナ姉、元通り仕事できるんやろ」
コルリは嬉しそうに身を乗り出した。しかし、ヒナは寂しそうに笑った。
「残念。ミレーが真画だったのは、偶然でしょう、っていうのが美術館全体で一致した意見。だ~れも私の実力なんて信じてくれへんかったわ。さんざんやったわぁ。学芸員失格って言われちゃった。騒動を起こした責任とかで明日から京都の関連会社に異動。今夜で2人ともしばらくお別れや」
ヒナは静かに語り、最後には声が泣きだしそう崩れてうつむいてしまった。
「そんな、偶然なわけないやん。ヒナお姉ちゃんの目利きが間違えるはずがない。あれは……」
ツグミは慰めようと必死に捲くし立てるけど、途中で言葉を濁らせた。
コルリに目を向ける。コルリは無言で首を振った。宮川の件は、まだヒナに報告していないし、今は言うべき状況ではない。
「ありがとう。でも、もう決定事項だから。クビよりマシやわ」
ヒナは目元を拭いながら、呟く声を震わせていた。
「ヒナお姉ちゃん、京都のどこ? 何ていう美術館?」
諦めるように、ツグミはヒナを覗き込んで話題を変えた。
「美術館違うんや。製薬会社。暗黒堂製薬。薬品のテストをやっている会社で、絵とは何の関係のない会社や」
ヒナはちょっと声を明るくして、ツグミを振り返った。
暗黒堂といえば、ミレー展の主催企業の名前だ。
ヒナは医薬品免許も持っていた。修復の仕事は多くの薬品も扱う。物によっては、免許が必要なものもあった。
「明日から……。それじゃ、明日にはもう、おらへんの?」
ツグミは泣き出しそうになりながら、身を乗り出した。
「うん、そうやな。着るもんだけまとめて、明日の始発には乗らなあかんのや」
ヒナは頷いて答えた。「ちょっと旅行に行くだけ」という感じで言いたかったのかも知れないが、あまりにも場の空気が重かった。
ツグミは、ついに耐え切れなくなって、ヒナの体にすがりついた。
「ヒナお姉ちゃん、私、寂しい」
ヒナは雑炊をヘッドボードに置いて、ツグミを抱き寄せて、その頭を撫でた。
ツグミはすぐに、あっと声を漏らし、顔を上げた。
「ごめん。服汚してしもうた」
ツグミが顔をうずめたそこに、涙のシミがついてしまっていた。
「ええよ。どうせ明日の朝、着替えるし、それにもう見てくれるような人もおらんようになるしな」
ヒナはおどけるように言って、ツグミの体を強引に抱き寄せた。
ツグミは遠慮なく、甘えるようにヒナにすがりついて、すすり泣いた。
コルリも上から被さるようにヒナに抱きついた。コルリはヒナの肩口に顔を押し当て、小さくすすり泣く声を上げていた。
「よし。じゃあ、今夜は皆で一緒に寝よう。もうずっと一緒に寝てなかったやろ。なっ、そうしよう」
ヒナは明るい声で提案し、ツグミとコルリを見た。
ツグミが顔を上げる。ヒナの頬にも涙の跡がいくつも浮かんでいた。
ツグミとコルリは、ヒナの顔を見上げて「うん」と子供みたいに頷き、ヒナの体に抱きついた。
そのままの格好で、3人は抱き合ったまま、眠りについた。
ツグミの落ち込んだ気持は、ヒナのぬくもりに抱かれて、ゆっくりと癒されるようだった。いつ眠りに入ったか、記憶になかった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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