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■2015/09/26 (Sat)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
ツグミはコルリの背中に隠れながら、宮川を振り返った。
宮川は、薄く、微笑みを浮かべていた。暗がりの中で、目が怖いくらいに生き生きと輝いていた。あれは地獄に落ちようとしている人間を、愉快そうに眺めている悪魔の顔だ。
「お姉ちゃん、違う!」
ツグミはとっさに叫んだ。かすれた声だけど、ここに来て初めて口にした言葉だった。
コルリがナイフを振り上げた格好のまま、「え?」とツグミを振り返った。
ツグミはコルリの背中から1歩前に出て、改めて2枚の絵をじっと眺めた。
数秒で確信に辿り着き、目を閉じてふぅと溜め息をこぼした。
「あの人は『どちらがレンブラントか』なんて1度も言わなかった。本物は右。プードルは贋物や」
自分でも驚くくらい、すらすら落ち着いて言葉が出てきた。
「何で、工房作品やで」
コルリがツグミの腕を掴み、ひそひそと抗議した。
ツグミはコルリの顔を見て首を振った。改めて2枚の絵を振り返る。
「『レンブラント作品』と『レンブラント工房作品』は色んなところで違う。レンブラントは本物とコピーで意図的にバリエーションを作ってたんや。本物の価値を高めるためやね。レンブラントの本物は、コピーよりずっと光の散り方が細かいし、レンブラントの方は足元にプードルを描きこむことを考えて、その分、男を小さく描いとんや。でも、この絵、2枚とも光の散り具合は一緒やし、フレームの切り方も一緒や。“コピーからコピー”を作ったからやな。それに……」
ツグミは1度、言葉を切って、宮川を振り返った。
「レンブラントの《足元にプードルを伴う東洋衣裳の画家》の本物は、パリの《プチ・パレ》に今も展示されている。ここにある絵が、本物のわけがない」
ツグミははっきりと断言して、宮川の反応を待った。
僅かに、微笑が変わった。かすかに頷いたような気がした。ツグミは、直感的に自分の考えが正しいと判断した。
ツグミはコルリを振り向き、手を差し出した。
「ルリお姉ちゃん、私がやる」
コルリの顔に、動揺が浮かんでいた。しかし、すぐに信頼の顔に変わった。
「大丈夫なんやな」
コルリが念を押す。だけど、もう言葉は信頼していた。
コルリはツグミの掌に、ナイフの柄を置いて、慎重に握らせた。ナイフは思いのほか重かった。心にも、重い何かがのしかかるような気がした。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第3章 贋作工房
前回を読む
10
コルリは絵の前に進み、手にしたナイフを振り上げた。ツグミはコルリの背中に隠れながら、宮川を振り返った。
宮川は、薄く、微笑みを浮かべていた。暗がりの中で、目が怖いくらいに生き生きと輝いていた。あれは地獄に落ちようとしている人間を、愉快そうに眺めている悪魔の顔だ。
「お姉ちゃん、違う!」
ツグミはとっさに叫んだ。かすれた声だけど、ここに来て初めて口にした言葉だった。
コルリがナイフを振り上げた格好のまま、「え?」とツグミを振り返った。
ツグミはコルリの背中から1歩前に出て、改めて2枚の絵をじっと眺めた。
数秒で確信に辿り着き、目を閉じてふぅと溜め息をこぼした。
「あの人は『どちらがレンブラントか』なんて1度も言わなかった。本物は右。プードルは贋物や」
自分でも驚くくらい、すらすら落ち着いて言葉が出てきた。
「何で、工房作品やで」
コルリがツグミの腕を掴み、ひそひそと抗議した。
ツグミはコルリの顔を見て首を振った。改めて2枚の絵を振り返る。
「『レンブラント作品』と『レンブラント工房作品』は色んなところで違う。レンブラントは本物とコピーで意図的にバリエーションを作ってたんや。本物の価値を高めるためやね。レンブラントの本物は、コピーよりずっと光の散り方が細かいし、レンブラントの方は足元にプードルを描きこむことを考えて、その分、男を小さく描いとんや。でも、この絵、2枚とも光の散り具合は一緒やし、フレームの切り方も一緒や。“コピーからコピー”を作ったからやな。それに……」
ツグミは1度、言葉を切って、宮川を振り返った。
「レンブラントの《足元にプードルを伴う東洋衣裳の画家》の本物は、パリの《プチ・パレ》に今も展示されている。ここにある絵が、本物のわけがない」
ツグミははっきりと断言して、宮川の反応を待った。
僅かに、微笑が変わった。かすかに頷いたような気がした。ツグミは、直感的に自分の考えが正しいと判断した。
ツグミはコルリを振り向き、手を差し出した。
「ルリお姉ちゃん、私がやる」
コルリの顔に、動揺が浮かんでいた。しかし、すぐに信頼の顔に変わった。
「大丈夫なんやな」
コルリが念を押す。だけど、もう言葉は信頼していた。
コルリはツグミの掌に、ナイフの柄を置いて、慎重に握らせた。ナイフは思いのほか重かった。心にも、重い何かがのしかかるような気がした。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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