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■2015/09/20 (Sun)
創作小説■
第3章 贋作工房
前回を読む
7
「ツグミ、降りるで」コルリがツグミの耳元で囁き、背中を軽く叩いた。
いつまでも甘えるわけには行かない。ツグミはコルリの側から離れ、また手を繋いでエレベーターを出た。
エレベーターが閉まる。扉の向うで、作動音が聞こえた。やがて何も聞こえなくなった。
部屋は真っ暗だったが、空間の広さを感じた。どこからか入り込んだ光で、有象無象の輪郭線がぼんやりと浮かんでいた。
ツグミは暗闇に取り残されたような不安で、どうしていいかわからず、ただ茫然と立っていた。コルリも途方に暮れるように闇を見回していた。
ふと、闇に気配が現れた。静寂にやたら重い靴音が響く。
ツグミはとっさにコルリの背中に隠れた。コルリはツグミを庇うように、靴音に対して正面を向いた。
現れた男は、先の大男よりずっと低く思えた。それでも、少なくとも180センチ以上はあった。
真っ白なスーツに身を包み、体の線は細いけど、弱々しさはどこにもなかった。頭に髪はなく、骨ばった端整な顔つきだが、目は鋭く、どこか危険なものを感じさせた。年は30歳以上、45歳未満という感じで、判然としない。
「君が妻鳥ツグミかね?」
男はコルリを真直ぐに見て訊ねた。
「いいえ。いや、そうや。私が妻鳥ツグミや。要件は何? 本当にミレーの真画を返してくれるんやろうな」
コルリはずいっと前に出て、毅然とした態度で言い返した。
男はにやりと口の端を吊り上げた。凶悪そうな笑顔だった。次いで、ちらっとツグミを見る。
ツグミはうっと息を詰まらせて、コルリの背中で縮こまった。コルリの嘘はもう見抜かれてしまっている。
男はコルリの前に進み出て、懐から何かを引っ張り出した。銀の名刺ケースだ。名刺ケースを開いて、その中の1枚をコルリに差し出す。
「申し遅れた。私は、こういう者だ」
コルリは名刺を受け取り、ちらと見てツグミに渡した。
『Aカンパニー 宮川大河』
書かれていたのはそれだけだった。住所も電話番号もない。何の企業なのか、連想させるものは一切なかった。
ツグミは名刺をコートのポケットにしまい、コルリの肩越しに宮川大河を見た。
「それで、何するんや?」
コルリは腕組をして、挑発的に宮川を睨み付けた。
「これから君たちには、ちょっとしたゲームに参加してもらう。うまくクリアできたら、タダでミレーの真画を返してやろう。ミスしても、条件付きなら返してやってもいい」
男の口調は一応、社交的で紳士的に聞こえた。が、声量は大きかったし、何か得体の知れない凶暴さが孕んでいる予感がした。「切れ者」という感じだ。
コルリはさらに、ずいっと前に出て、啖呵を切った。
「何がゲームや。私ら、遊びに来たんちゃう。さっさとミレーを返さんか!」
それでも宮川の底知れぬ迫力に負けていた。
ツグミは怖くなって、コルリの服を後ろから引っ張り、小さく、コルリだけにわかる声で囁いた。
「ルリお姉ちゃん、やめて。怖い」
コルリが振り返った。我に返ったような反省が浮かび、浅く頷いた。
「心配する必要はない。今回来てもらったのは、単純なテストを受けてもらうためだよ。成功しても失敗しても、ミレーは返ってくる。私は優しい人間だからね。何も難しく考える必要はない」
宮川はコルリを見ていたが、なぜか言葉はコルリを突き通ってツグミに向けられるような気がした。
どうして? 何で私が?
ツグミは困惑して、コルリの服をしっかり掴んでさらに身を小さくした。
コルリがまたツグミを振り返った。少し心配そうな顔で、ツグミに決断の是非を求めていた。
ツグミは怯えで震えながら、それでもはっきりと頷いて返した。
「いいわ。やるわ」
コルリが宮川を振り向き、はっきりとした声で宣言した。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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