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■2015/07/29 (Wed)
創作小説■
第1章 最果ての国
前回を読む
7
洞窟は、しばらく真下に続いた。頭上から射してくる太陽の光は、間もなく影に吸い取られるように萎んでいく。やがて洞窟の底に足が付いた。そこからは横穴が奥へと続いているようだ。太陽の光は、もうかすかに頭上に残されているだけだった。ミルディたちは松明に火を点ける。さらにドルイド僧が魔法の光を頭上に掲げた。魔法の光によって、洞窟の空間が明るく照らされる。横穴は意外と広い。徒党を組んで出るには、充分な広さだった。
老ドルイド僧
「魔法の明かりは確実なものじゃないからの。信頼しすぎず、松明を絶やすではないぞ」
洞窟の奥へと進んでいく。内部は険しく、複雑に入り組んでいた。這いつくばって潜り込まなければならないところがいくつもあった。ネフィリムの影は、まったく感じなかった。
開けた場所に出た。松明の頼りなげな明るさでは全容が見えないが、かなりの容積を予感させる広がりがあった。
老ドルイド僧
「ここは……。少し危険だが、全体を確認してみよう」
老ドルイド僧が魔法の明かりを頭上に跳ね上げた。
空間が仄暗く浮かんだ。円形のドームだった。洞窟の壁面が綺麗に削り取られて、明らかに人工のものを感じさせた。ドームの下部分は、アーチ状の穴がいくつも開けられ、その向こうへと道が通じているようだった。
ミルディ
「これがネフィリムの根城……」
村人
「ミルディ、あれを……」
ミルディが松明でその向こうを示す。前方の壁面に、白い影が映った。白い線だ。その線は2本、真ん中で混じり合って十字の形になっていた。明らかに人の手による、白漆喰の白だった。中央に大きな十字が描かれ、それに沿うように、落書きのように無数の十字が刻まれていた。
その十字の下には、祭壇のような台座が作られていた。ミルディは台座の側に近付き、松明の明かりを近付ける。祭壇は黒く染まり、異臭がこびりついていた。
ミルディ
「おそらく、人の血です」
村人
「ミルディ。もういいだろう。帰ろう!」
ミルディ
「ええ」
その時だ。洞窟の奥から、物音が響いた。金属の音で、キンキンカンンカンとけたたましく鳴り響く。金属音は周囲にしつこく反響して、どこから発せられているのか見当も付けられなかった。
ミルディ
「囲まれた! 剣を抜け!」
村人一同が剣を抜く。
音は尚も続いた。まるで闇の者が闘気を鼓舞するように、音は次第にリズムを早めていく。怪物の唸り声も混じり始めた。
遂にネフィリムどもが闇から飛び出してきた。ネフィリムたちは間を置かずミルディたちに飛びかかってきた。
老ドルイド僧が魔法の光を怪物にぶつける。怪物たちが悲鳴を上げた。ミルディたちがそれを突破口にする。ネフィリムたちを斬り付け、奥へと進む。
ネフィリムの数は膨大で、早くも前後左右全ての通路が塞がれてしまった。広間はあっという間にネフィリムで溢れ返る。ミルディたちがいかに斬り伏せようとも、闇が魔物の母胎であるかのように、数を尽きさせることなく次々に現れた。
そんな最中でありながら、ミルディは冷静に状況を判じ、闇の軍勢の中に一筋の突破口を見出した。
ミルディ
「こっちです! 急いで!」
ミルディは松明を手に自ら先頭を走る。
ネフィリムが行かせまいと殺到する。ミルディは次々と迫る敵を斬り伏せる。
しかし、村人の1人が逃げ遅れた。村人はネフィリムに掴まれ、闇の奥へと引きずり込まれていく。悲鳴だけが取り残された。
ミルディが助けようと飛び込む。だが、ネフィリムの勢いは凄まじい。無数の刃が頭上に煌めく。ミルディはネフィリムの刃をはじき返し、松明の炎をぶつけた。
仲間を諦めて、ミルディは洞窟の奥へ奥へと突き進んでいく。
突然、光が瞬いた。今まで以上の光だ。あまりにの眩しさに、ミルディは視界を奪われ、転がってしまった。
ミルディたちを追いかけていた獣たちは、あまりの強い光に、恐れをなして逃げていく。
バン・シー
「不用心な連中だ。お宝目当てのならず者か」
女の声だ。
ミルディが驚いて顔を上げた。長い黒髪の女だった。厚手の服の上に、質素な胸当てとブーツといった装備だ。容姿は美しいが厳しく強張り、どこか所在も年齢も窺い知れぬものを漂わせていた。
女の周囲に、光の粒がいくつも取り巻いていた。それが女を守り、女の姿を浮かび上がらせていた。
村人
「お前こそ何者だ!」
村人
「怪物の仲間に違いねぇ! 殺してやる!」
村人が飛びついた。瞬間、光が閃く。村人が吹っ飛んだ。
バン・シー
「度胸はあるようだが、知恵は浅いようだな。誰を相手にしているつもりだ」
女は倒れたままの村人の前までやってきて、細身の剣を抜いた。
ミルディがかばうように村人の前に立った。
ミルディ
「無礼を。しかしあなたは何者です」
バン・シー
「ネフィリムと敵対する者だ。剣を収めろとは言わぬが、対峙するつもりはない」
村人
「あの人、幽霊か。バン・シーか?」
ミルディ
「かもな。警戒を怠るな」
バン・シー
「そうだ。バン・シーと呼ぶがいい。古くからそう呼ばれている。そちらの者は知っておるだろう」
老ドルイド僧
「こんなところで会おうとは思いませんでした」
老ドルイド僧が深く頭を下げる。
バン・シー
「不用心だな。たった4人という小勢でネフィリムの巣穴に挑戦など。出世欲に囚われて、何も知らぬ田舎者を唆したか」
老ドルイド僧
「本部からの指令でございます」
バン・シー
「フンッ」
ミルディ
「あなたは何者です。なぜここにたった1人で?」
バン・シー
「見るがいい」
バン・シーは手を前に突き出した。掌に光が現れる。光はバン・シーの掌の上を優雅に転がり、そのまま地面へと落ちた。
ミルディは光が落ちた先を覗き込む。突然に、光が勢いを増した。周囲の光景をくっきりと浮かび上がらせる。
はるか底の奈落に、明かに人工のものである都市の形が浮かんだ。無数の階段が、岩肌に沿って地底へと潜り込んでいく。地の底で、作業をしている異形の小人らしき姿が浮かんだ。
光はすっと地面に吸い込まれて消えてしまった。
ミルディ
「これはいったい……。誰があんなものを作っている」
バン・シー
「奴らさ。ネフィリムどもが地底を掘り進め、地下都市を建設しているのだ」
ミルディ
「馬鹿な。奴らは人を襲うだけで、知恵はない。これは人間の手によるものだ」
バン・シー
「それも然りだ。途中までは間違いなく人間の手によるものだ。しかしネフィリムたちがその続きを作っている。奴らを見くびるな。奴らは人から知恵を盗み、人から仕事を奪う。奴らはただ人を襲うだけの魔物ではない。人が変われば獣もその姿を変える。人よ、驕るなかれ。今やお前たちが、この地上で唯一知恵を持つものではない」
ミルディ
「そなたがその知恵を与えたのではないという証拠は?」
バン・シー
「ハハハ……。言葉に気をつけろ、愚か者。人同士の争いは、奴らの勢力を増大させるだけだぞ」
ミルディ
「……失礼を申しました」
バン・シー
「そなたらはもう村に帰るがいい。この先に道はない。探検はおしまいだ」
ミルディ
「そのようですね。助言、感謝します。バン・シーの女よ。最後に名前を聞きたい」
バン・シー
「バン・シーだ。今もそう呼ばれている」
ミルディ
「そうか。私はドル族の長、ミルディ。さらばだ。また会おう」
ミルディはバン・シーに頭を下げてそこから立ち去った。
バン・シーは立ち去ろうとするミルディの後ろ姿を振り返る。
バン・シー
「……ミルディ、か」
※ バン・シー 一般的には「泣き女」の亡霊を指す。伝承によってその実像は様々で、占い師であったり、魔女であったり、美しい娘であったりする。この物語中では、「素性の知れない魔法使い」というような意味で使われている。
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