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■2015/07/31 (Fri)
創作小説■
第1章 最果ての国
前回を読む
8
ミルディたちは洞窟を脱出した。剣を手にして、慎重に外の風景に目を凝らす。入口と違う場所だったが、森の中だ。夜が深くなった頃で、辺りは真っ暗だった。獣の声が遠くに聞こえるが、近くにネフィリムの気配はない。ミルディは洞窟の外に出て、森の様子を見回す。
ミルディ
「無事脱出できたようです」
ミルディは安堵の息を漏らして、剣を鞘にしまった。
村人
「でも、ここはどこだ? 知らないところに出ちまったぞ」
ミルディ
「わかりません。とにかく、ここは危険です。早く移動しましょう」
ミルディたちは再び松明に火を灯し、森の闇を進んでいく。
ゆるやかな風が枝の先に小波を立てている。獣の声は、絶えず周囲を取り巻いている。ミルディは時々、誰かに見張られているような錯覚を覚えて、周囲を見回す。しかし人を避けているように、獣は姿を見せない。
不意に、小さく悲鳴が漏れた。
ミルディがはっと辺りを松明で照らす。すぐに、旅の一行に欠員があるのに気付いた。
ミルディ
「ドルイド様はどこです!」
ミルディたちが辺りを見回した。2人の村人も辺りを見回す。ミルディたちは、2度、大声で老ドルイド僧を呼びかけた。しかし、気配すら返ってこない。
村人
「どうしよう」
ミルディ
「ここは危険な森の中。長居すれば、我々も魔性に囚われる恐れがあります。無事を祈りましょう」
ミルディはまだ気になるように後方の闇を眺め、それから前へと進み始めた。
間もなく森の深いところを脱出した。月の光が射し込んで、下草が淡く浮かび始める。夜はまだ深いが、ほっと安堵を感じるものがあった。
ミルディ
「もう少し進みましょう。せめて人のいるところを……」
ミルディはまだ警戒を解かず、松明を手に森を進んだ。
森はどこまでもどこまでも続いている。妙に静かだった。村人の2人は、怯える目つきで辺りを見回していた。ミルディ自身、森の暗部を脱出したのに、なぜかくつろぐ気分になれず、不穏なものを胸に感じていた。
急に霧が立ちこめ始めた。森の闇が、淡く霞みはじめる。
すると森が開けて、異様に高く茂った草ばかりの空間が現れた。草むらの中に細い柱が一本立っていて、柱にはランタンが吊されていた。それが暗闇の中、孤独に燃えていた。
ミルディは何か予感めいたものを感じて、草に体を潜めながら、ゆっくりと這い進んだ。
村人
「ミルディ。あれ……」
村人が指さす。
草ばかりの広場がずっと続き、その向こうに屋敷が建っていた。2階建てで、瓦屋根の立派な屋敷だった。
村人
「良かった。あそこに泊めてもらおう」
村人が安堵の息を漏らした。
ミルディたちは屋敷へ向かう。
扉を叩く。
しばらく間があって、屋敷の中に明かりが浮かんだ。扉がすっと開く。
女
「誰ですか」
ミルディ
「旅の者です。どうか一晩の宿を」
女
「あなたのお名前は?」
ミルディ
「……旅の者です」
女は、扉を大きく開き、奥へと引っ込んでいく。ミルディたちが入っていく。
女は屋敷のあちこちに置かれた蝋燭に、火を入れていく。屋敷の内部が、暗く浮かび始めた。
女
「どうぞ」
女がミルディを屋敷の奥へと案内する。暗い廊下を潜り抜け、食堂へ入っていった。
食堂には大きなテーブルが1つ置かれ、テーブルの中央で蝋燭の明かりが煌めいていた。テーブルには、屋敷の主と思わしき男が、すでに座っていた。大男で、肌が岩のように硬く、肉をむしゃむしゃと貪っていた。
食堂の床は土や藁で汚れ、天井にはいくつも蜘蛛が巣を作っている。暗がりの中とはいえ、ひどく陰気だった。
女
「どうぞ。食事の用意はできています」
テーブルには、人数分の皿がすでに用意されていた。村人らは、大喜びでテーブルに着く。女が皿にスープを注ぐ。合図を待たず、村人たちがスープをすすり始める。
ミルディもテーブルに着く。主人を向かい合う席に座った。ミルディに用意された皿に、スープが注がれる。
主人
「待ちな。名前も名乗らない奴に食わせてやるものはない」
ミルディ
「旅の者です。名乗る名前はありません。あなたは?」
主人
「俺か? 俺はあんたの名前を欲しがっているものだ」
主人がにやりと顔を歪めた。口が大きく裂け、頬が不気味に釣り上がる。
不意に、村人の1人ががくりと崩れた。テーブルのスープをひっくり返す。もう1人の村人も、ぐったりと椅子の背に体を預けた。
ミルディ
「おのれ化生の者め! 名を名乗れ!」
ミルディは飛び上がって剣を抜いた。
食堂の影から何者かがすーっと現れた。みんな麻の布を頭から被り、全身を隠していた。魔性の手下どもは剣を抜き、ミルディを取り囲む。数は5人。テーブルを完全に囲む形になった。
ミルディは全員に警戒を向ける。
主人
「名乗るのはおめえさんだ。なあ、教えてくれ。この男は、なんという名前なんだ?」
村人
「……この人? ……ミルディだよ。ドル族の長、ミルディだよ」
村人が眠りながら譫言のように答えた。
主人
「ミルディ! その名前、もらったぞ!」
男の体が崩れた。真っ黒な霧となってミルディに飛びつく。ミルディは悲鳴を上げて尻を付いた。霧から逃れようともがいた。
テーブルを取り囲んでいた手下が剣を手に集まってきた。刃の切っ先をミルディに向け、ゆっくりと振り上げる。
ミルディが跳ね起きた。同時に剣を払った。手下どもが驚きを浮かべた。ミルディは手下の1人に体当たりを喰らわせる。向こうの壁が崩れ落ちた。埃が派手に噴き上がった。
壁の向こうに現れたのは廃墟だった。崩れた家具に埃が厚く被さっている。蜘蛛の巣があちこちに張り付いていた。ボロをまとった人骨が転がっていた。
手下どもが迫る。5つの刃が一斉に飛びつく。ミルディは刃を振り払う。しかし敵の攻撃は圧倒的だった。ミルディは刻まれ、突き倒されてしまう。
ボロボロになった家具にぶつかり、倒れた。家具が壁や柱とともに崩れる。埃が視界を覆う。ざらついた感触が体を包んだ。敵の攻撃が次々に迫る。
主人
「アハハハハ……。無駄だ。お前の名前はもうもらった! お前の名前はもうもらった! お前は逃げられんぞ!」
主人の笑い声が、屋敷全体に響き渡る。
ミルディは屋敷から脱出しようともがいた。しかし出口はどこにも見当たらない。すぐそこだったはずの玄関扉は、いくら進んでも見付からず、まるで迷路のようにミルディを翻弄した。
敵がミルディを追跡して、刃を振り下ろす。ミルディは反撃を試みる。敵に肉薄し、全身を覆う麻布ごと斬り伏せる。
が、手応えはなかった。一度ふわりと体が崩れた後、ぬっと人の形を取り戻して、再び襲ってきた。
ミルディは脱出に集中した。壁を崩し、部屋から部屋へと移る。ようやく、廊下の向こうに玄関扉を見付けた。
玄関扉を目指してミルディが走る。敵が追跡した。刃が背中を捉える。切っ先がざっくりと背中の肉をえぐり取った。
ミルディの膝が崩れる。剣で追跡者を振り払う。しかし敵の攻撃が、ミルディの剣をはたき落とした。
ミルディの体から、急速に体力が失われていった。這いつくばりながら、玄関扉を目指す。闇の手先が、ミルディを取り囲んだ。刃の切っ先をミルディに向ける。
ついにミルディは力尽きて、倒れてしまった。かすかに残った意識で、周囲に目を向ける。魔性の刃がずらりとミルディを取り囲んでいた。
突然、玄関扉が吹っ飛んだ。烈風が走り抜ける。闇の手先たちが驚いて顔を上げる。続いて、真っ白な輝きが塊になって飛びついた。
ミルディは玄関扉に目を向けた。まばゆい光が去った後に、女が1人、そこに立っているのに気付いた。
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