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■2009/09/08 (Tue)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
7
千里が先頭に立って、噛み合わず傾いた鉄扉の隙間から体を押し込んでいった。それに続くように、まとい、藤吉、あびる、私、可符香という順番で門を潜り抜けていった。
鉄扉の向うは庭園になっていた。しかしあからさまに手入れされておらず、暗い影を落としていた。芝生だった場所は背の高い雑草だらけになっていたし、樫の木の枝先には蔓植物が絡みついている。そんな場所を、煉瓦で舗装された道がうねうねと奥に向かって続いていた。
藪になりかけた草むらの中から、唐突にガーゴイルが姿を現す。カラスの嘴を持った怪物が闇に潜む様は、なんだかわからない邪悪な生々しさを宿しているように思えた。私は恐くなって可符香の腕にすがりつきながら煉瓦敷きの道を進んだ。
やがて道の向こうに、屋敷が現れた。屋敷は夜の闇を纏い、どっしりと私たちの行く手を遮るようだった。正面には新古典主義様式の柱が整然と並んでいる。アールヌーボー様式の装飾が要所要所に添えられていた。
私たちは、圧倒されて屋敷の前に立ちとどまってしまった。
かつて壮麗であっただろう屋敷は、すっかり荒れ果てている。意匠を凝らした装飾の数々は、今やグロテスクな物体となって、不気味な影を落としていた。
尋ねる者を圧倒させるような佇まい。人の手から放たれた、陰気で沈黙した空気。お化け屋敷と呼ぶには、あまりにも本格的過ぎる雰囲気が一杯に満ちていた。
「ふん。汚い庭に、俗物趣味の屋敷。主の品性はよく現われているわね。行くわよ。」
千里は鼻を鳴らしてばっさり品評すると、のしのしと玄関のブロンズ扉に近付いた。
後にまといが続いた。千里とまといとの二人で、謎のレリーフが施された鉄扉を両側に開けた。ずずずと重い音がして、屋敷の内部に月の光が飛び込んだ。
屋敷の入口に、靴脱ぎ場はなく、いきなり廊下と繋がっていた。白と黒の市松模様に、私たち6人の影が長く伸びていく。
千里を先頭に、私たちは慎重に屋敷の中へと入っていった。屋敷の中に明かりはなかった。月の光で、屋敷の中に漂う暗黒がゆっくりと浮かび上がってくるようだった。
少し進んだところに、巨大な白い像が現れた。私はその像の存在に気付いて、思わず息を吸い込んでしまった。そこに現れたのは、高さ3メートル近い『ジュリアーノ・デ・メディチ』だった。教科書にも載っているから、私でも即座にわかった。
石の玉座に悠然と座る男の姿は圧倒的だった。克明に描写した身体の動き、筋肉の躍動。もし立ち上がったら、何メートルに達するかわからない。私はただただ石の巨人に圧倒されて見上げていた。
「ようこそ。久し振りの客人がこんな少女たちだとは、嬉しいよ。さあ、歓迎しよう」
男爵の低く呟くような、それでいて沈黙した屋敷の隅々まで届くような声がした。
私はブロンズ像の右横に目を向けた。そこに、男爵が杖に両掌を添えて立っていた。ブロンズ像の巨大さと較べると、男爵はちんまりと立っているように見えた。だけど男爵には、もっと生々しい気配があった。黒ずくめの衣装のせいか、暗闇から這い出た、この世の者ではない不気味な何かを背負っているように思えた。
「現れたわね。こっちは一生分の恥を掻いたんだから。絶対に許さないわよ!」
千里は一歩前に進み出て、威勢よく指をさした。
「ほう、ではどうるすつもりなのかね。聞かせてくれたまえ」
しかし男爵は、穏やかな調子でさらりと受け流してしまった。
「えっと、そう、訴訟よ! 集団訴訟してやるわ!」
千里は少し答えに詰まりながらも、それでも勢いよく言葉を続けた。
「何の罪でだね? 私と君たちは今日出会ったばかりだ。私は君たちに、どんな苦痛を与えたかね?」
まるでとぼけるように、男爵は言葉を返した。
千里は次の言葉が浮かばず、「……うう」とくやしそうに目線を落とした。
「あなたなんでしょ。先生を罠に落としたのは。あなたを告発してやるわ」
代わりに、まといが千里の横に並んで怒鳴った。
しかし、男爵はちょっと下を向いて鼻で笑った。
「証拠はどこにあるのかね。動機も不明だ。そもそも私は、この町に戻ってきたばかりでね。私があの男を罠に陥れた? なぜ? どうやって?」
男爵はまるで子供を諭すような高い声で、疑問符を並べた。
私たちは、ついに言葉を失ってしまった。千里もまといも、もどかしそうな顔をして、ただ男爵を睨みつけるだけだった。
男爵はポケットの中から、金の懐中時計を引っ張り出して蓋を開けた。
「9時になったな。来たまえ。夕食もまだなのだろう。食事でもしながら、ゆっくり話し合おうじゃないか」
男爵は右に開いた空間を示して私たちに微笑みかけると、その部屋の闇に消えていった。
「どうする、千里ちゃん」
私は戸惑うように千里に声をかけた。正直、恐かった。肝試しだったら、とっくに逃げ帰っているところだった。
「行くわよ! 相手が誘っているんだから、乗ってやろうじゃないの。そのうえで、相手から謝罪を引き出すのよ!」
千里が顔を上げて、上擦った声で意思表明した。
「油断しないでね」
まといが忠告した。
「わかってるわ。」
千里がまといを振り返った。二人の間に、強い結束で共有された仲間意識が感じられた。
次回 P050 第5章 ドラコニアの屋敷8 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P049 第5章 ドラコニアの屋敷
7
千里が先頭に立って、噛み合わず傾いた鉄扉の隙間から体を押し込んでいった。それに続くように、まとい、藤吉、あびる、私、可符香という順番で門を潜り抜けていった。
鉄扉の向うは庭園になっていた。しかしあからさまに手入れされておらず、暗い影を落としていた。芝生だった場所は背の高い雑草だらけになっていたし、樫の木の枝先には蔓植物が絡みついている。そんな場所を、煉瓦で舗装された道がうねうねと奥に向かって続いていた。
藪になりかけた草むらの中から、唐突にガーゴイルが姿を現す。カラスの嘴を持った怪物が闇に潜む様は、なんだかわからない邪悪な生々しさを宿しているように思えた。私は恐くなって可符香の腕にすがりつきながら煉瓦敷きの道を進んだ。
やがて道の向こうに、屋敷が現れた。屋敷は夜の闇を纏い、どっしりと私たちの行く手を遮るようだった。正面には新古典主義様式の柱が整然と並んでいる。アールヌーボー様式の装飾が要所要所に添えられていた。
私たちは、圧倒されて屋敷の前に立ちとどまってしまった。
かつて壮麗であっただろう屋敷は、すっかり荒れ果てている。意匠を凝らした装飾の数々は、今やグロテスクな物体となって、不気味な影を落としていた。
尋ねる者を圧倒させるような佇まい。人の手から放たれた、陰気で沈黙した空気。お化け屋敷と呼ぶには、あまりにも本格的過ぎる雰囲気が一杯に満ちていた。
「ふん。汚い庭に、俗物趣味の屋敷。主の品性はよく現われているわね。行くわよ。」
千里は鼻を鳴らしてばっさり品評すると、のしのしと玄関のブロンズ扉に近付いた。
後にまといが続いた。千里とまといとの二人で、謎のレリーフが施された鉄扉を両側に開けた。ずずずと重い音がして、屋敷の内部に月の光が飛び込んだ。
屋敷の入口に、靴脱ぎ場はなく、いきなり廊下と繋がっていた。白と黒の市松模様に、私たち6人の影が長く伸びていく。
千里を先頭に、私たちは慎重に屋敷の中へと入っていった。屋敷の中に明かりはなかった。月の光で、屋敷の中に漂う暗黒がゆっくりと浮かび上がってくるようだった。
少し進んだところに、巨大な白い像が現れた。私はその像の存在に気付いて、思わず息を吸い込んでしまった。そこに現れたのは、高さ3メートル近い『ジュリアーノ・デ・メディチ』だった。教科書にも載っているから、私でも即座にわかった。
石の玉座に悠然と座る男の姿は圧倒的だった。克明に描写した身体の動き、筋肉の躍動。もし立ち上がったら、何メートルに達するかわからない。私はただただ石の巨人に圧倒されて見上げていた。
「ようこそ。久し振りの客人がこんな少女たちだとは、嬉しいよ。さあ、歓迎しよう」
男爵の低く呟くような、それでいて沈黙した屋敷の隅々まで届くような声がした。
私はブロンズ像の右横に目を向けた。そこに、男爵が杖に両掌を添えて立っていた。ブロンズ像の巨大さと較べると、男爵はちんまりと立っているように見えた。だけど男爵には、もっと生々しい気配があった。黒ずくめの衣装のせいか、暗闇から這い出た、この世の者ではない不気味な何かを背負っているように思えた。
「現れたわね。こっちは一生分の恥を掻いたんだから。絶対に許さないわよ!」
千里は一歩前に進み出て、威勢よく指をさした。
「ほう、ではどうるすつもりなのかね。聞かせてくれたまえ」
しかし男爵は、穏やかな調子でさらりと受け流してしまった。
「えっと、そう、訴訟よ! 集団訴訟してやるわ!」
千里は少し答えに詰まりながらも、それでも勢いよく言葉を続けた。
「何の罪でだね? 私と君たちは今日出会ったばかりだ。私は君たちに、どんな苦痛を与えたかね?」
まるでとぼけるように、男爵は言葉を返した。
千里は次の言葉が浮かばず、「……うう」とくやしそうに目線を落とした。
「あなたなんでしょ。先生を罠に落としたのは。あなたを告発してやるわ」
代わりに、まといが千里の横に並んで怒鳴った。
しかし、男爵はちょっと下を向いて鼻で笑った。
「証拠はどこにあるのかね。動機も不明だ。そもそも私は、この町に戻ってきたばかりでね。私があの男を罠に陥れた? なぜ? どうやって?」
男爵はまるで子供を諭すような高い声で、疑問符を並べた。
私たちは、ついに言葉を失ってしまった。千里もまといも、もどかしそうな顔をして、ただ男爵を睨みつけるだけだった。
男爵はポケットの中から、金の懐中時計を引っ張り出して蓋を開けた。
「9時になったな。来たまえ。夕食もまだなのだろう。食事でもしながら、ゆっくり話し合おうじゃないか」
男爵は右に開いた空間を示して私たちに微笑みかけると、その部屋の闇に消えていった。
「どうする、千里ちゃん」
私は戸惑うように千里に声をかけた。正直、恐かった。肝試しだったら、とっくに逃げ帰っているところだった。
「行くわよ! 相手が誘っているんだから、乗ってやろうじゃないの。そのうえで、相手から謝罪を引き出すのよ!」
千里が顔を上げて、上擦った声で意思表明した。
「油断しないでね」
まといが忠告した。
「わかってるわ。」
千里がまといを振り返った。二人の間に、強い結束で共有された仲間意識が感じられた。
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