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■2016/08/04 (Thu)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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30
それから木野は、居住まいを正して、改まった感じになった。どうやら大事な報告があるらしい。「ツグミさんに、お知らせすることがあります。たった今、宮川が逮捕されました」
「宮川って、……あの宮川ですか!」
ツグミは思わず声を上げてしまった。そこが病室だというのも、一瞬忘れてしまうくらいのニュースだった。
木野は誇らしげな顔で、頷いた。
「宮川はあの後、警察の包囲を抜け出して、1人で逃亡しようとしました。しかしボートに乗ったところで、撃たれました。右肩に1発、被弾。出血多量で操縦不能になって、瀬戸内海を漂っていたところを、警察に発見されました」
ツグミは、すぐに「あの銃声だ」と思い当たった。きっと撃ったのは川村だ。川村は宮川を逃さないために、銃で撃ったのだ。
ツグミは、ふと目線に気付いて、右隣のベッドを振り返った。ヒナが目を覚まして、ツグミを見ていた。
ツグミはヒナにさっきの報告をしようと思った。が、不要だと判断した。ヒナは目に涙を浮かべて、頷いた。ヒナにとって、色んな重荷から解放された瞬間だった。
「それで川村さんは? 川村さんも見付かったんですよね」
ツグミは当然だと思って、質問を重ねた。
すると、木野は沈んだ顔をした。
「いいえ……。川村さんに関する報告は、まだ何も。……あの、ツグミさん。川村さんという人は、本当にいたんですか? どこにも痕跡が出てこないんですけど……」
木野は全部喋ってから、失言だと気付いて、肩を小さくした。
ツグミは急速に気分が冷めるのを感じた。と同時に「もしや」という不安に駆られた。
あの時の銃声は、2発だった。そのうちの1発は、宮川の肩に命中した。もし宮川が、銃をもう1丁持っていて、川村に反撃したとしたら……。
ツグミの想像は、どんどん嫌な方向に膨れあがっていく。2発目の銃弾が海に落ちた、とはなかなか考えられなかった。
ツグミは自分の想像を打ち消せず、ベッドの左側に目を向けた。ベッドの左側は、窓になっていた。
「あの、ツグミさん。安心してください。これから調査が入ります。川村さんは警察が責任を持って捜し出します」
木野は言葉に力を込めた。ツグミには、無理をしているように聞こえた。
ツグミは、「川村さんは見付からない」と思った。死んでいるとか、生きているとか、そういう次元の話ではない。とにかく、川村にはもう会えないんだ、とツグミは納得していた。
窓の外は高いビルが視界を遮っていた。見通しはよくない。夜が明ける前で、空だけが僅かに白み始めている。暗い風景だった。
後で聞いた話。警察は事件現場の廃墟をくまなく調べたが、川村の存在を示す証拠は出てこなかったそうだ。それらしい靴跡も指紋も。その場に同居していたヒナは目隠しされていたために、川村を目撃していない。
唯一、川村が言葉を発した新山寺でのやりとりだが、あの時、警察の発信器にトラブルが発生していて、対話は一切録音できていなかったそうだ。
川村がアトリエに使用していたという小屋にも調査が入ったけど、そこはもう、何年も前から誰も使用していない廃墟だった。
警察は、ついに川村の存在を捉えることはできなかった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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