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■2016/07/03 (Sun)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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14
ツグミは歩道橋を降りて、高松駅とは反対方向に向かった。風はまだ強かった。ゆるやかになった雨粒が、風の中を踊っていた。ツグミは姿勢を斜めにしながら、杖を突いて進んだ。
そうしながら車道に注意を向けた。車道には絶え間なく車が走っていた。水溜まりを派手に跳ね上げていた。
しばらくして、車の群れの中にタクシーを見付けた。しかも運良く『空席』だった。
ツグミは足を止めて、1歩車道側に出て、手を挙げた。背が低いから見落とされないように、目一杯手を挙げて主張した。
タクシーは左にウィンカーを出しつつ、ツグミの前で停まった。
タクシーの後部ドアが開いた。ツグミは逃げ込むようにタクシーに乗り込んだ。タクシーの中は暖かく、座席に腰を下ろすと、ふぅと息が漏れた。
「すみません、新山寺ってわかりますか。そこで友達と会う約束しているんです」
「粟島ですね。港までしか行けませんけど」
タクシーの運転手が振り返り、機嫌良さそうに言った。髪の白い、老練な感じの人だった。
「それじゃ、港までお願いします」
タクシーのドアが自動的に閉まった。運転手はすぐにハンドルを握り、タクシーをスタートさせた。
「お客さん、どこから来たの?」
運転手が軽い感じでツグミに話しかけた。
「神戸です。友人に会いに……」
「ふーん。じゃあちょっとした旅行だ」
運転手は楽しげに会話を始めた。なんとなく、日常の空気が戻ってくるような気がした。
ツグミは運転手に色々訊ねて、情報収集をした。新山寺は粟島にあるお寺で、今は誰も管理する人がなく、わざわざ行く人も少ないのだそうだ。
タクシーの運転手は感じのいい人で、ツグミが旅行者だとわかると、フェリーの乗り方や、粟島に到着してからの道筋など、丁寧に教えてくれた。
説明の中に時々つまらない冗談を交えてくるので、ツグミは失礼にならない程度に笑った。
しばらくして会話も途切れて、ツグミは窓の外を見詰めた。いつの間にか海岸沿いの道を進んでいた。雨の気配はもうなくて、雲が散り、空が見え始めていた。雲の向こうに太陽が強く輝くのが見えた。
海は暗く沈みかけていて、尖った波にちらちらと赤い光を映していた。
すでに4時半を回っていた。ツグミは時間が気になっていた。川村が指定した6時に果たして間に合うだろうか。
詫間港に到着した。どうやら船はまだ来ていないらしかった。海が暗い太陽に照らされて、鈍く輝いていた。
ツグミは料金を払ってタクシーから降りると、船を待つ間に絵の後始末をしようと思った。
トレンチコートの紐を緩めて、背中に隠していた板画を取り出した。板画を建物の壁に斜めに立てかけた。ツグミは杖と左脚だけで立ち、右脚で板画を真っ二つに叩き割った。
2つに叩き割った板画はゴミ箱に捨てた。これで川村さんの痕跡がまた1つ失われた。そんな心残りを強く感じたけど、捨てるのが最良の判断だと理解していた。これでどこかで宮川の手下に出くわしても、ツグミがどこへ行こうとしているのかのヒントはなくなったはずだ。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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