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■2016/06/30 (Thu)
第14章 最後の戦い

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 オークが目を覚ますと、辺りは暗かった。夜空がかすかに青いのに、明け方頃だと気付いた。横を見ると、負傷兵達が土の上に寝そべり、僧侶の治療を待っている。そのまま死体になっている兵士もいたが、それを気にかける暇のある者はいなかった。
 側にダーンウィンが置かれていた。オークはダーンウィンを手に、立ち上がろうとした。

ソフィー
「じっとしていてください。その体では、剣も握れません」

 ソフィーが側に駆け寄ってきて、オークを押し留めようとした。オークはそれを振り切ってでも行こうとした。

オーク
「そういうわけにはいかぬ。戦わねば」
ソフィー
「よしてください。あなたは戦いに憑かれておられます。どうか」
オーク
「理由など何もない。行かせてくれ」

 それでもオークは行こうとした。ソフィーが行かせまいと体を掴む。オークは狂気を宿していた。
 そこに、老師が立ち塞がった。杖でオークの頭を叩く。オークは突然にがくりと倒れた。

オーク
「何を……」

 意識が瞬時に途切れ、眠ってしまった。

老師
「ソフィーの言うとおりだ。今は体を休めろ」

 老師は言い捨ててその場を去って行った。ソフィーは涙を拭い、オークの横たえさせると、その体に毛布をかけた。


 ソフィーは一人きりで眼下の様子が見える高台に出た。まだ夜が深く、森が暗い影になっている。あちこちで火が燃えて、赤く浮かび上がっていた。焼け焦げた臭いとともに、死臭が立ち上ってくる。遙か下の参道で、クロースの兵たちが行き交うのが見えた。こんな時でも敵は少しも勢力を衰えさせず、次の戦闘のための準備を進めていた。
 オークが倒れてから2日が過ぎていた。ドルイドの勢力はあっという間に崩れた。劣勢の状況が続き、戦局はじわりじわりと後方へ。今や5合目までが制圧されてしまった。
 ドルイドの本陣は、6合目に移している。僧兵もにわか民兵も数が少ない。山脈は敵に取り囲まれ、陥落寸前だった。
 もちろんクロース側の軍団も大きく数を減らしている。2万の軍勢は、今や1万人以下。通常の戦闘なら、とっくに休戦なり停戦なりの提案がでるはずだった。それがないのはこの戦いが総力戦であり、殲滅以外の結末はあり得なかったからだ。
 それが今、小休止の状態に入っていた。どちらともなく攻撃が下火になり、やがて睨み合いの状態に入った。
 この間に戦士達は体を休め、治療を受け、食事を摂っていた。手の空いた者は鎧の手入れをしたり、剣を研ぎ直したりしている。
 あまりにも激しい戦いが続いたせいか、その小休止の間が、この世から音が消えたようにすら思えてしまった。

老師
「ソフィー。休まないのかね」

 ソフィーが1人でいると、老師が現れ、声をかけた。

ソフィー
「むなしいです。こんなふうに殺し合いをせねばならないなんて。どうしてそこまで他人のものを壊し、欲しがるのかわかりません。どんなところにも幸福はあるはずなのに」
老師
「欲望ですらない。望んでいるのは王なのか、民なのか。そもそも、誰も、誰かに敵意など持っていない。しかし自らの立場が人に敵意と殺意を抱かせる。戦になれば、応じなければならん。一方が否と言えば、一方が応と返さねばならん。人間は社会というものを得た時に、対立するという葛藤を抱えねばならなかった」

 ソフィーは悲しげに目を落とし、首を振った。

ソフィー
「……風が吹いています。こんな最中にも木々は実を付け、新しい命が生まれます。古い命は枯れて、新しい命のための糧となります。何も変わらず、時が刻まれていく。でも人間だけが生き急ぎ、殺し合っています。人ばかりが争っています。互いを罵って、争いを望む社会を作ろうとします。平和は影の中です」
老師
「彼らにも理想がある。一人の理想が、他の者の幸福とは限らない。誰もが理想のために、平和のために戦っている。それには他人が邪魔なのだ」
ソフィー
「それでは平和とは言いません。望んでいるとも……」

 ソフィーは落ちかけた涙を拭った。いたたまれなくなり、そこから去った。

 ソフィーはテントに戻った。多くの負傷兵が横たわっている。死んでいる者もいた。治る見込みのない者も。健康な人間など、この場にいなかった。
 ソフィーはオークの側までやってきて、そこで膝をついた。その胸にすがりついて泣きたかったが、オークの怪我の状態を見て、気持ちを押し留めた。

オーク
「……泣いているのですか」

 オークが目を開けていた。

ソフィー
「はい。……ごめんなさい」

 ソフィーは顔を背けて、泣いている顔を見せまいとした。

オーク
「体が動きません」
ソフィー
「老師様の術が効いているのです。体力が回復するまで、動けないはずです。もうしばらく寝ていてください」
オーク
「わかりました」

 オークが目を閉じる。言葉の1つ1つに感情がなかった。
 しばし沈黙が垂れ込んだ。オークは眠っているような静かな息を立てていた。
 ソフィーはオークの側に留まった。

オーク
「……夢を、見ました」
ソフィー
「…………」
オーク
「…………」
ソフィー
「…………」
オーク
「……麦の穂が風に揺れていました。少年の私は泥だらけになって、川辺で遊んでいました。村は声に満ちていました。川の音がせせらぎ、森は清らかで葉が囁きあっています。鳥の鳴く声も、馬のいななきも、石の香りも――。……もう、何もありません。すべて失われました」
ソフィー
「……戦いが何もかも持って行ってしまったのです。でもまだ間に合います。いつか全てを取り返せる日が来ます。……信じてください」
オーク
「…………」

 オークは何も応えず、眠っているような息をしていた。
 ソフィーは涙を拭い、オークの額にキスをした。

ソフィー
「……信じて」

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