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■2016/02/16 (Tue)
創作小説■
第6章 フェイク
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5
宮川は14年前まで『蛇頭(※)』と呼ばれる中国マフィアの1人だった。『蛇頭』は密入国の斡旋を中心に、誘拐や売春などを手がける、中国マフィアの中でも巨大な勢力である。日本の警察は過去に何度か宮川を逮捕したが、いつも証拠不十分として有罪が下ることなく、釈放していた。
「宮川が日本を拠点に活動を始めたのが、今から14年前です。潜伏先は点々としていて、警察も居場所を掴めないのが現状でした」
木野の優しげな雰囲気はどこかへ消えて、重い調子で説明を続けた。
「それで、宮川は今、何をしているんですか」
ツグミは緊張して胸が苦しかったけど、自分でも思いがけず身を乗り出していた。
「宮川の最近の仕事は、中国で製造された絵画の輸入です。中国には町ぐるみで贋作絵画を制作する工房がいくつもあって、宮川はその絵画を日本に持ち込んで、売りさばいているんです」
「違法では、ないのですか?」
木野が何気ない調子で話すのが不思議に思えた。「贋作絵画の制作」という言葉にどうしても引っ掛かってしまったからだ。
「もちろん違法です。しかし残念ながら、日本の税関は、贋作絵画に輸出入に関してはノーチェックですから。偽札や薬物は厳しくチェックしますが、個人のコレクションに関しては本物だとか贋物だとか調べません。ですから、“密輸”する必要すらないんです。それに日本人は、基本的に美術に関する知識が疎いですから、有名画家のサインが入っていたら、絵も見ずに買ってしまいます。自分が買った絵画が贋作かどうかを調べる人は少数ですし、贋作とわかっても通報するケースはさらに稀です。通報したところでほとんどの場合、自己責任の問題になりますし」
ツグミは、おぼろげながらに話の内幕が見えてくるように思えてきた。日本人は、根本的に芸術を愛でる精神がない。日本人が芸術品を手にする動機は、まず『お金』であり、次に『儲け』だ。日本人にとって絵画は、「芸術」ではなく「資産」なのだ。
だから画商も余計な手管を使わなくていい。ただ絵画を見せて、「本物ですよ」と囁けば、それだけで数千円で製造した絵画が数百万で売れてしまう。
日本人には絵画それ自体のクオリティを審査する能力は低い。はっきり言えば、絵の出来不出来について関心がない。有名かどうか。高額かどうかが重要なのだ。「より高く売れそう」というこれが絵画を所有するかどうかの絶対的な動機になっていた。
贋作絵画を買った数日後に、画商が姿をくらます……。そんな話は日本全国あちこちで聞く。それは立派な詐欺なのだけど、「儲ける」という下心を突かれた後ろめたさから、詐欺事件として通報されるケースは稀だ。
そういう理由で、警察の対応も遅れがちになっていた。
※ 蛇頭 中国福建省を拠点とする実在の中国マフィアだが、もちろんこの物語はフィクション。密入国斡旋を専門として、そのビジネス範囲は中国に留まらず世界中に広まりつつある。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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