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■2016/02/20 (Sat)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
7
そこでツグミのイメージは終わった。お父さんと同じだ。どうしよう……。
ツグミは悪い夢を見た後みたいに、胸を押さえて喘ぐように息を漏らした。体は冷たいのに、ドクドクと存在感を強める心臓だけ、やたら熱を持っているように思えた。動かない左足がじわじわと疼き出して、痛みだけが這い上がってくるように思えた。
吐き気がする。平衡感覚も怪しくなって、辺りを囲む光が、ツグミの周りをぐるぐる回転しているように思えた。
痛み止めの薬飲まないと……。
しかしツグミは白日夢を彷徨っていて、ここがどこなのかわからなかった。
「ツグミさん、どうかしましたか」
誰かが、声をかけてきた。高田の声だと気付くのに、しばらく時間がかかった。
「え……。はい。あの、何ともないです」
ツグミは反射的に顔を上げて返事をした。じわりと現実が戻ってきて、ぼやけた視界に高田の顔が浮かび上がってきた。
高田と木野がちょっと顔を上げて、目線を合わせた。
「それじゃツグミさん、部屋に行きましょうか。今日はゆっくり休みましょう」
木野が優しげな声になって、ツグミの手を握った。
「はい。すみません」
ツグミは、木野に促されるようにゆっくりと立ち上がった。木野に杖を持たせてもらって、その後も付き添ってもらった。
廊下に入ると鑑識の人がいて、何か調べているみたいだった。鑑識の人達はツグミと木野を見ると、軽く会釈して道を開けた。
2階へ行くと、ツグミの寝室にも鑑識が2人ほどいて写真を撮っていた。木野が「もういいですか」と訊ねると、すぐに部屋を開けてくれた。
ツグミは、木野に付き添われてベッドに横たわった。木野がツグミの体に、布団を掛けてくれた。
「……ぬいぐるみ」
ツグミは呟くように言って、奥の棚に手を伸ばした。
木野はちょっと慌てるように棚を振り返った。それから棚の側へ行き、そこにあるたくさんのぬいぐるみの中から、迷うようにしながら1つ持って戻ってきた。
木野が持ってきたぬいぐるみは、卵形をした、全体が茶色で、耳と尻尾を付けたぬいぐるみだった。誰も信じてくれないけど、タヌキのぬいぐるみだった。
一番のお気に入りじゃなかったけど、ツグミはお礼を言ってぬいぐるみを布団の中に引き込み、抱きかかえるようにした。
「ルリお姉ちゃん、助かりますよね」
ツグミの声は弱々しく、泣き出しそうなくらいか細かった。
「大丈夫ですよ。コルリさんは絶対に助けます。警察に任せてください」
木野はツグミの側に顔を寄せて、優しく囁くように言った。それでも木野の声が頼もしく響く感じだった。
ツグミは小さく頷いた。思わず泣き出しそうになった。涙を見られるのは恥ずかしいから、ぬいぐるみに顔を埋めた。
「心配しないでください。今夜は、警察がつきっきりで警備をしますから。ここは今、世界で一番安全なところです。だからツグミさんは、何も心配せず眠っていてください」
木野がツグミの頭をゆっくりと撫でた。
ツグミはぬいぐるみに強く顔を押し当てた。溢れ出る感情を、必死に押さえようとして、体が震えた。
「それでは明かりは点けておきますね。私は部屋の外にいますから」
木野が立ち上がる気配があった。ツグミはぬいぐるみを顔に押し当てたまま、小さく頷いた。
木野が振り返る気配があった。ツグミはちらとぬいぐるみから顔を放して、木野の姿を探した。木野は部屋を出る時に、ツグミの目線に気付いて、笑顔で手を振った。
パタン、と静かにドアが閉じられた。部屋はツグミ一人きりになった。静かだったけど、床の下からそわそわと人の気配がした。まだ警察の人が何か調べているのだろう。
すぐにツグミの緊張は解けなかった。ぬいぐるみを抱いたまま寝返りうち、壁に体を向けた。
突然に、感情が押し寄せてきた。恐ろしかった。私はどうなってしまうのだろう。ルリお姉ちゃんは助かるのだろうか。もしかしたら、お父さんみたいに……。
ツグミは耐えきれなくなって、ぬいぐるみに顔を埋めて泣いた。誰かに泣き声を聞かれたくなかったから、声を押し殺した。体がしゃっくりするみたいに、ひくひくと震えた。感情は収まるどころかどんどん溢れ出して、胸も呼吸も苦しかった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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