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■2016/02/24 (Wed)
創作小説■
第6章 フェイク
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9
朝食は木野に作ってもらった。食パンを焼いて、チーズとケチャップを塗り、ソーセージを載せた、なんちゃってピザだった。朝食を終えるとツグミは浴室へ行き、シャワーを浴びた。妻鳥家の浴室は階段の裏側に置かれ、すこぶる狭かった。浴槽はそれ以上に小さく、左膝を曲げられないツグミは、長らく自宅の風呂に浸かったことはなかった。
ゆっくりしたい時は姉妹3人で近所の銭湯へ行くのだけど、そういえばこの頃行っていないなぁ……と気付く。
下着姿のまま浴室を出ると、2階の寝室に戻った。そろそろ11時になろうとしていた。学校には警察から電話を入れてくれたらしい。
ツグミは箪笥を開けて、しばらく考えた。上はグレーのパーカー、下はチェック柄のプリーツスカートにした。さらにニーソックスを穿いた。チェック柄に合わせたつもりで、赤と黒の縞々になったやつだ。
こんな格好で大丈夫かな? ツグミは衣装棚の戸の裏に貼り付けられた鏡の前でポーズを取ってみた。
正面を向いて、少し手を広げて全体を見る。
次に体を斜めに向けて、軽く腰に手を当てて、体のラインにシナを作ってみる。
猛烈に恥ずかしくなった。それに鏡の中の自分は、ちっともオシャレじゃなかった。
ツグミは杖を突いて部屋を出た。階段を下りて、画廊に入っていく。
画廊に高田がいた。テーブルに着いて、色んな資料を一杯に広げていた。高田はその資料を見ながら、静かな様子でコーヒーを啜っていた。
「あっ、ツグミさん。昨日は、その、すみませんでした。私の配慮がないばかりに……」
少し遅れて、高田はツグミがいるのに気付き、慌てて立ち上がり深く頭を下げた。
「いえ、いいんです。ちょっと恐くなっただけですから」
高田があまりにも率直な感じだったので、ツグミも慌てた感じになって頭を下げた。
そうやってお互いに恐縮して頭を下げたままでいると、急に沈黙が漂った。今度は逆に、気まずい空気が流れ始めた。
「あの、どうぞ座ってください。立ったままだと、つらいでしょう」
高田は気を利かせて、椅子を勧めた。
ツグミは高田に会釈して、椅子に腰を下ろした。
「私はどうすればいいんですか。何か仕事はありませんか」
ツグミは不安な気持ちになって高田を見上げた。被害者家族はこういう時、何をしていればいいんだろう。
「いいえ。ゆっくりしていてください。ただでさえつらいでしょうから。誘拐犯が身代金に関する電話をかけてくる可能性が高いので、ここで待機していてください」
高田の説明に、ツグミは納得して頷いた。
電話はちゃんと修理したみたいだった。家の外で配線が切断されていたそうだ。ナイフで切った跡が残っていたから、間違いなく人為的なものだ。それに盗聴器も見つかった。妻鳥家は監視されていて、宮川たちはコルリが飛び出してくるのを待ち構えていたのだ。
という説明が終わると、高田はテーブル一杯に広げた資料に集中し始めた。話題が途切れて、沈黙が漂う。
ツグミは、高田が見ている資料を、ちらちらと見た。昨日鑑識が撮り集めた写真が一杯貼り付けてあった。刑事達が聞き込みしたメモも一杯にあった。高田はそれらを見ながら、小さなノートに何か考えをまとめているみたいだった。
見ちゃいけないものなんやろうな……。
ツグミは仕事の邪魔をしてはいけないと思い、画廊の天井を見上げた。
正直言って、退屈だった。
何気なく壁に掛けられた絵に目を向ける。自分自身をモデルにした、雨合羽の少女が目に付いた。
絵の中の女の子は、あんなに素敵なのになぁ。
ツグミは却って気分を沈ませた。モデルは自分なのに、別人のように思えた。私はあんなに可愛くない。目線を落とすと、センスの欠片もないプリーツスカートが目に付いた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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