■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2016/01/21 (Thu)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
28
ツグミはドアを開けて、車から降りた。アールヌーボー調のレリーフが施されたガラス戸は、夕日のオレンジを映して輝いていた。暖簾が掛けられていなかった。ゆるやかな太陽に温められた、新鮮な空気がツグミを慰めるように包みこんだ。車の中の重々しさとは裏腹に、街は何事もなかったように静かな佇まいを見せている。ツグミは狭い空間の緊張から解放されて、倒れてしまいそうな虚脱感に捉われていた。
後ろでドアがバタンと閉じた。ツグミは振り返った。車が発進し、ちょっと向うのほうでUターンをして、ツグミの側を走り抜けて行った。
ツグミは、心の中を空白にして、茫然と車を見送った。
すると、誰かの気配を感じた。振り向くと、突然にガラス戸が開いて、コルリが飛び出してきた。
「ツグミ、大丈夫やった? どうしたん、殴られたん?」
コルリは今にも泣き出しそうな顔だった。ツグミの顔や首をチェックして、他に痣がないか確かめた。
ツグミはコルリを見て、心底ほっと落ち着くのを感じていた。それまで封印していた感情が湧き起こって、手にしていたリュックを落とし、コルリに抱きついた。
「怖かったよぉ、ルリお姉ちゃん」
ツグミはコルリの首に顔を埋め、遠慮なく嗚咽を漏らした。
コルリは優しくツグミを包みこみ、そっと背中を叩いた。
ツグミはコルリに救出されるみたいに、肩を抱かれながら画廊に入った。鍵を掛けて「Closure」の暖簾を掛け、誰も入らないようにした。
ツグミとコルリは、椅子を向かい合わせて座った。ツグミの涙はすぐに治まらなかった。治まりかけた、と思っても、小波みたいに感情が押し寄せてきた。その度に、声を上げて泣いた。
コルリはずっと側にいてくれた。ツグミの手を握り、涙がぶり返したら、その度に抱きしめて背中をなでてくれた。
今さらながら、なんて恐ろしいことをしてしまったのだろう、と思った。かすかに湧き上がった勇気は、ぼろぼろにされて2度と取り戻せないように思えた。
ツグミはいつまでも泣いていた。ずっと側にいてくれるコルリに、ツグミは心で感謝した。今は感謝を口にするより、とことん甘えようと思った。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
PR