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■2016/01/20 (Wed)
第8章 秘密都市セント・マーチン

前回を読む
 倒した。――そう思ったがしかし悪魔は息を失わなかった。首なしのガーゴイルがセシルを掴み、空を舞った。ガーゴイルはその命を散らせながら、高く高く舞い、礼拝堂の天井からセシルを落とした。ガーゴイルはそれを最後に、ボロボロに崩れて消滅した。

オーク「セシル様!」

 セシルは宙に投げ出され、壁という壁に叩きつけられながら、地面に落ちた。
 オークは駆けつけて、セシルを抱き起こした。セシルは気を失っていた。死んではいなかった。
 安心して胸をなで下ろすのも束の間。オークははっと背後に気配を感じた。
 振り向きざまに剣を振り払う。
 しかしそこに、ネフィリムの影はなかった。剣が空中を切った。
 何だ。気のせいだったのか?
 そう思った時、側にいた戦士が突然悲鳴を上げた。血を流したかと思うと、ふっと姿を消した。
 何かがいる。オークは周囲に注意を走らせた。すると、何もない地面に足跡が現れるのに気付いた。目に見えない悪魔がいるのだ。

バン・シー
「まずい! インビジブル・ストーカーだ!」

 バン・シーはネフィリムを斬り伏せながら警告した。

バン・シー
「何者ですか!」
バン・シー
「目に見えぬ悪魔だ。悪魔の中でも最も力の弱い者だが……。こんな時に真理を持つ者がいないとは……」

 戦士達も見えざる敵の存在に注意を向けた。しかし悪魔とネフィリムが群がるこの混戦の最中で、見えざる者へ警戒を向けるのは困難だった。
 見えざる悪魔――インビジブル・ストーカーは戦場を自由に巡り歩き、戦士達を次々と斬った。攻撃された戦士達は、インビジブル・ストーカーと同じように姿が消失した。
 見えざる気配はそのまま次第に数が増え、やがて周囲に敵味方不明の気配が取り囲んだ。
 ネフィリムの猛攻撃は尚も続く。火炎の悪魔が灼熱の炎で戦士達を焼き払った。
 オークの側で、セシルが意識を取り戻そうとあがくように呻いている。オークはセシルを守りつつ、向かってくるネフィリムを斬り伏せた。
 その時――。

バン・シー
「おのれ……」

 バン・シーの顔に憤怒が浮かんでいた。その背中が、見えざる者の爪で切り裂かれていた。

オーク
「バン・シー殿!」

 バン・シーの姿が消失した。
 それと同時に、オークは目の前に何かの気配を感じた。オークは目の前の気配を慎重に読み取りながら、剣の一撃を振るった。
 が、それは空中で止められた。そこに紛れもなくインビジブル・ストーカーがいるのだ。
 オークは剣を戻し、再び振り上げようとした。が、それよりも早く、何かが迫った。オークが突き飛ばされる。
 瞬間、何もかもが暗黒に包まれた。
 いったい何が起きた?
 オークは慌てて跳ね起きた。しかし辺りは真っ暗だった。自分の体を推し量ることすらできない。まるで、目を閉じているような暗闇だった。
 何も聞こえなかった。辺りを包んでいた壮絶な戦いの音も聞こえなかった。ただただ、張り詰めたような異様な静寂だけであった。
 オークは事態に戸惑いながら、柄の感触をしっかり確かめながら、1歩2歩とすり足で進んだ。目が見えないと、平衡感覚が怪しくなる。しかし気付いた。この感触。瓦礫の位置。
 ……ここはキール・ブリシュトの中だ。いや、さっきまで立っていた場所と少しも変わっていない。ただ目と耳と自らの姿が暗闇に落ちただけなのだ。
 奴は――悪魔はどこだ。インビジブル・ストーカーは。
 オークは見えざる闇の住人の気配を探った。どこかにいる。側にいる。そんな感覚だけは皮膚にひりひりと感じる。オークは慎重に気配を辿った。
 ――そこに、


「危ない! 右です!」

 女の声だった。
 オークは考えるよりも先に、右方向に剣を振った。すると何かが触れた。固いものが闇の中でぶつかり合い、弾き返した。
 ここにいるのか。
 オークは踏み込んで剣を振り上げた。しかし背後から悲鳴が上がるのに、はっと剣を止めた。
 違う。オークは察した。インビジブル・ストーカーに攻撃された者は、姿が見えなくなる。恐らく、今の自分と同じように闇に落ちた戦士が周りにいるのだ。
 気配だけがそこに残っている……。インビジブル・ストーカーだと思って仲間に刃を向けてしまう。それこそ、インビジブル・ストーカーの脅威なのだ。
 オークは激しく動揺した。剣を振るった相手が敵なのか味方なのかもわからない。しかしインビジブル・ストーカーはそこにいて、戦士達の命を着実に奪っている。手の出しようがなかった。
 闇の住人だけがそこで自由に物を見て、攻撃することができる。闇の住人にならぬ限り、この実体を捉えることができなかった。
 またどこかで悲鳴を上げた。闇に落ちた仲間達の悲鳴だ。オークは仲間達に呼びかけようと声を張り上げた。私はここにいるぞ、と。しかし自分の声すら聞こえなかった。なのに、仲間の断末魔の叫びだけがくっきりと闇の中に木霊した。
 戦うしかなかった。オークは剣を身構えた。
 ひとつだけ、敵を倒す方法があった。それは攻撃された瞬間に相手を掴み、斬り返すことだ。それは命を捨てる作戦であり、オークはその覚悟を決めた。
 しかしその時、


「後ろ!」

 声がした。はっとした。オークは素早く飛び退いた。
 間一髪、何かがそこを切り裂いた。オークは振り返り、その場所に踏み込んだ。剣を振り落とす。
 すると、切っ先に確かな手応えがあった。ギャアアという魔の者の悲鳴が聞こえた。しかし今の一撃は致命傷ではない。かすかに剣の先が触れただけだ。
 誰かがいる。闇の中に誰かが……。
 オークははっきりと気配を感じた。優しく、暖かな気配。常に自分に寄り添って、守ってくれる存在を。

オーク
「あなたですか。……そこにいいるのは、あなたですか」

「……私はここにいます。ずっと側に」

 側で頷く感じがあった。
 闇に落ちた者こそ、闇の住人と巡る逢える。オークはそれが誰なのか、察しがついていた。


「こっちです」

 女の声。オークは指示する方向を振り向いた。するとそこで、光が走った。オークは光の中に、はっきりとローブ姿の少女のシルエットを見ていた。

ソフィー
「私の前では何者も偽れません。姿を見せよ、セフィロス!」

 突然、周囲に光が戻ってきた。辺りは元通りに騒乱が包み込み、オークの目の前には体長3メートルを及ぶ大男がいた。全身が影のように黒く、目鼻のないのっぺりとした顔をしていた。紛れもなく闇の住人インビジブル・ストーカー=セフィロスであった。
 オークはセフィロスに剣を振り上げた。しかしセフィロスは意外な俊敏さで剣の一閃を弾いた。さらに、オークの体を突き飛ばした。
 さらにセフィロスはオークににじり寄り、爪の一撃を食らわせようとした。
 しかし――。
 セフィロスの腹に、剣の切っ先が突き出ていた。バン・シーの剣であった。バン・シーは全身を血まみれにして、その剣をセフィロスの背中から突き立てていた。
 セフィロスがバン・シーを突き飛ばした。一同から逃げるように距離を置くと、すっとその姿が風景に溶け込み始めた。再び姿を消そうとしているのだ。
 そうはさせまい。オークが踏み込んだ。しかしその剣は、セフィロスの爪に遮られてしまう。
 セフィロスの足下が徐々に消えていく。再び姿が消えようとしていた。
 とその時、何者かがセフィロスの懐に飛び込んだ。ダーウィンの一撃。セフィロスの体が火を噴き上げた。
 セシルであった。セフィロスは決定的な一撃に絶叫を上げて、倒れ、灰になってしまった。

セシル
「よくやったオーク。残りはあと1体だけだな」
オーク
「はい」

次回を読む

目次

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