■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2015/12/26 (Sat)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
15
しばらくしてコルリは、満足そうにディスプレイの映った画像をチェックしながら、ツグミの側にやって来た。それから、改めてツグミの格好に気付いたふうにしげしげと見た。「どうしたん。もしかして、岡山のおじさんにやらしいことされたん?」
「ちがーうっ!」
ツグミは恥ずかしくなって、本気で怒鳴った。コルリは悪戯っぽく笑ってみせた。
「冗談や、冗談。持ったわ。貸して」
コルリは軽く笑って流すと、ツグミのリュックを奪って自分で背負った。絵画を包んだ風呂敷もコルリの手に移る。コルリはちょっと風呂敷の隙間から中を見て、「うん?」と首傾げてみせた。
ツグミはあっという間に身軽な手ぶらになってしまった。すまないな、と思ったが、お土産の重さには耐えられない。コルリの好意に、素直に甘えることにした。
ツグミとコルリが道を歩き始める。それとなくコルリが、ツグミの左側に立った。もしツグミがふらついても、すぐにフォローできる体勢だ。
コルリは何をしても感謝を求めないし、それで誰かの気を悪くさせたりもしない。ツグミはいつも無言で感謝するばかりだった。
「それで、ルリお姉ちゃんは今日、どうしとったん?」
ツグミはコルリを見上げて訊ねた。ツグミは、コルリも一緒に倉敷に来てくれるものと期待していたのだ。
と、口にしてお願いしたわけではないが。
「うん、ちょっとね。ナイショの任務。ごめんな。一緒に行けなくて」
コルリは意味ありげな微笑を浮かべて、済まなさそうに手刀を切った。
「この間も、パソコンで何かやっとったけど……」
ツグミはふと思い出すふうにした。ヒナが妻鳥家を去った最後の夜。コルリがモニターを覗かないで、と言うのが、妙に頭に残っていた。
「うん、それを含めてね」
「ううん、いいよ。1人でも大丈夫やったから」
ツグミは首を振った。我儘いってばかりな気がして、ちょっと悪い気がしてしまった。
それからコルリは、歩きながら唐突にツグミの首に手を回し、抱き寄せた。
「わっ、なになに!」
ツグミが慌てて声を上げる。左側にバランスが取れず、全体重をコルリに預けた。
「仇、とったるからな、ツグミ」
コルリはいつも頼もしげで、優しかった。ツグミの小さな体に較べると、コルリは本当にしっかりしていて、発育もよく、こんなふうに寄せ合っていると心地よいぬくもりに抱かれているようだった。
ただ、言っている内容だけは意味不明だった。そのうち説明してくれるのだろうか。
歩きながら、ツグミは倉敷での出来事をコルリに報告した。大原紀明の父、眞人が川村、宮川の2人と関係があったこと。1年前、川村が大原家を『国分徹』という偽名で訪ねていたこと。
5時になる頃、コルリは急にそわそわし始めて、何を話しても上の空になった。
太陽が水平線の手前で留まり、1日で最も強く輝く時間に入ったのだ。
いつも味気ないコンクリートのグレーも、この時間だけは黄金色に煌く。走り抜ける車が形を失って、残像だけを残して去っていく。排ガスが巻き上げる埃やゴミすら、万華鏡のような光を散らし始める。近代都市のあらゆる負の風景が、再生の光に輝く時間だった。
そうなると、コルリの気分も収まらなくなる。話が中断されて、EOSを片手にあちこち撮り始める。
ツグミはあえてコルリの気分に水を差さず、したいようにさせた。コルリの写真が、社会的にも、コルリ自身にとっても、高い評価が与えられていることをよく知っているからだ。
ただ、時々、モデルをやらされるのだけは勘弁してほしいけど。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
PR