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■2015/12/21 (Mon)
創作小説■
第5章 Art Crime
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13
間もなく、女中が会葬者名簿を持って戻ってきた。ぜんぶで16冊もあった。重ねると、実に厚さ7センチにもなった。さすが大財閥になると会葬者名簿のスケールも違う、と感心してしまった。
ツグミと紀明、それから女中2人を動員して、会葬者名簿を調べた。それからおよそ20分。『宮川大河』の名前が出てきた。企業名は『クワンショウ・ラボラトリー』とあった。以前、手に入れた名刺と違っていたが、間違いないと思った。
宮川大河についても謎が多いが、とりあえずここに来ていた事実が確認できた。川村も宮川も、大原と何らかの関係を持って、ここに集まってきていたのだ。
これで話は終わった。ツグミは「そろそろ、これで」と切り上げて、席を立とうとした。
すると紀明は、色々とお土産を持たせてくれた。地元名産「くらしき美味処」の包装紙に包まれた菓子折り詰めに、佃煮の小瓶、それから、羊羹の袋も入っていた。
ツグミは嬉しくなって、普段は滅多に出さない店の名刺を渡して「今度、是非、家で鑑定を」とアピールした。
玄関に戻ろうと廊下を歩いていると、ツグミはふと、左脇の通路に何かあるのに気付いた。その廊下はこの屋敷にしては幅が狭く、雨戸も締め切られてひどく暗かった。
そんな場所に、板状の何かが立て掛けられていた。ツグミは即座に、あれがキャンバスだと判断した。大きさは100号相当。絵は見えないが、大作には違いないだろう。
ツグミは、ちょっと嫌な気持ちになった。絵画をあんなふうに立て掛けておくのは、感心しない。
紀明はツグミの視線に気付いたらしく、同じ方向に目を向けた。
「ああ、あれ? 今、蔵の中の美術品を整理していてね。見苦しくって、すまないんだけど。そうだ。また今度おいでよ。今度は蔵の中の美術品鑑定にね」
紀明はツグミの表情から気持ちを読み取ったらしく、ちょっと明るい声で言った。それでも、ツグミの紀明に対する評価は、ちょっとマイナス気味になってしまった。
玄関までやって来て、靴を履いてそろそろ別れの挨拶、というところで、女中が「旦那様」と声を掛けた。
女中は風呂敷に包んだ板状のものを持ってきた。淡い藍色の風呂敷で、包まれているものは絵画だった。
「ああ、そうだった。実は国分さんから預かっていた絵はもう1枚あったんだ。君にだよ」
紀明は風呂敷に包まれた絵画を受け取ると、そのままツグミに手渡した。
「私にですか?」
ツグミは予想もしない展開に、少し戸惑いを覚えた。
中身は何だろう。とツグミはさっそく包みを解いてみた。
絵画の大きさは40号相当。絵画はミレー風の、いや、ミレーとしか言いようのない作品だった。農夫が夕陽を背にしながら、畑に鋤を入れていた。
普通なら、ミレー作品と断じてしまいそうだが、ツグミは絵を見た瞬間にはっと理解した。川村さんの絵だ、と。
「国分さんは、その絵は大事なものだから、しばらく預かってほしいって言ったんだ。それで、『いつか左脚の不自由な女の子が訊ねてくるから、必ず渡して欲しい』って。何の話かわからないまま引き受けてしまったけど、今ようやくわかったよ。左脚の不自由な女の子って、君のことだね」
紀明は身を屈め、ツグミを覗き込むようにして、事の次第を説明した。
「はい、私です。ありがとうございました」
ツグミは思いがけない贈り物に、声を裏返らせて、紀明に深く頭を下げた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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