■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2009/08/23 (Sun)
映画:外国映画■
2027年のロンドン。
原因不明の不妊症が広がり、世界から子供の姿が消えた。
世界で最も若い少年で知られるディエゴ・リカルドだったが、その日の朝、死亡したとニュースが告げていた。
ディエゴ・リカルドのファンの者が、路上で刺し殺したのだ。
18年の短い生涯だった。
思い出写真、ペット、鑑賞する者のない芸術。セオは麻薬を吸ってジョークを飛ばしあう。希望のない未来では、自分を慰め、子供がいないから昔を語り合う。映画は人類の黄昏を描くようである。
希望を失った未来社会の物語だ。
社会は後退し、世界の先進都市は崩壊し、政治機能は停止した。世界でロンドンだけが鎖国を敷くことで、かろうじて秩序を保たれていた。
だが現実には、ロンドンは不法入国者で溢れ、治安は悪く、反政府組織があちこちで危険な地下活動を行っていた。
絶望に流されるままだったセオは、妊娠しているキーを見て衝撃を受ける。希望というのは、いつも知らないどこかではぐくまれているものだ。だが、社会の中心は希望に気付かず、政治的攻防を繰り返し続ける。
ある朝、セオは路上を歩いていた。
崩れた壁の向うに、檻に入れられた人たちの群れが見えた。不法入国者たちだ。これから、イギリスの外に送り返されるのだ。
不法入国者たちがあげる声で、雑踏は喧騒で満ちていた。
一方の壁のこちら側は、ディエゴ・リカルドの死で嘆く人たちで沈黙していた。
道の端に写真が飾られ、写真の周囲に献花が一杯に集まっていた。献花を捧げる人たちが、膝をついて、泣き声を押し殺そうとしている。
セオは、そんな人たちの側を、無感情に通り抜けようとした。
そうして道路に出ようとすると、突然に背後から襲われた。セオは手を縛られ、目隠しされて車の中に押し込まれた。
連れて行かれた先にいたのは、かつてのセオの恋人、ジュリアンだった。
「ひどいな……」
セオは茫然と、20年ぶりに見たジュリアンの顔を見詰めた。
ジュリアンは今は“フィッシュ”と呼ばれる反政府活動に身を置き、指名手配されていた。
「芝居じみてた? 警察の目が厳しくて、他に方法がなかったの。元気だった」
一方のジュリアンは楽しげに微笑んでいた。
だがジュリアンは、かつての恋人に会いに来たのではなかった。
ある女性のために、通行証を手配して欲しい、という。
その女性は、キーという名前で、8ヶ月目になる子供を胎に宿していた。
出産すれば、世界が18年ぶりに目撃する子供である。
最初に『トゥモロー・ワールド』を観たとき、この車の長回しが疑問だった。どうやって撮影されたのか?答えは天井を抜いてコントロール式カメラを設置し、カメラが俳優から外れた瞬間をデジタルで繋いでいたわけである。答えを聞かされると、なるほど、と思う。デジタルはいかにも大袈裟な場面のみに使うのではなく、こんな使い方もあるのだ。
映画『トゥモロー・ワールド』が描く未来社会の風景は、どんよりと重く、絶望的空気が濃く満ちている。
セオの毎日は、仕事にも行かず友人の家へ行き、麻薬を吸って夜を過ごしている。
セオに限らず、『トゥモロー・ワールド』の社会は誰もが絶望的な気分のなかを過ごしている。
政府すら状況を変える力はなく、イギリスの住民に坑欝剤と自殺薬を配給として配っていた。
子供の姿が消えて、未来から可能性と希望が失われた近未来社会。
だからといって人間が平和的に結びつくこともなく、むしろ政治的渾沌を深め、社会はどこまでも荒廃して秩序は後退している。
反政府組織フィッシュは、妊娠しているキーに希望を望んでいるのではなく、それを利用して、政治的な転覆だけを画策している。
荒廃したSF描写はリドリー・スコットが描いたものから脱却している。イギリスの風景に、被災地の荒廃を加え、そのうえにテクノロジー追加している。このちぐはぐな感じが、映画独特の異世界的空気を作り上げている。
『トゥモロー・ワールド』が描くSF的風景は、どのSF映画より重く、暗い。
多くのSF映画は世紀末的“雰囲気”を描いてきたが、『トゥモロー・ワールド』はもっと“確定的”な絶望を描いている。
実写、アニメを問わず、SFを描く作法は、実景をどこかに残しながら手を加えていくことであった。
『トゥモロー・ワールド』の描き方は、SFの作法を丁寧に踏襲している。
実際のロンドンの風景を汚し、テクノロジーを追加しつつも、時代錯誤としか言いようのないファッションや、古びた車両を走らせている。
だが、それ以上に、“子供が誕生しない”という設定が、SF的な倦怠感を増幅させている。
そんなどこまでも深く、重い絶望を描きながらも、映画はささやかな希望を与えている。
世界から姿を消した、新たな誕生の予感。
絶望しかないと思える未来に、かすかな希望を与えて、映画は終わる。
映画記事一覧
作品データ
監督・脚本:アルフォンソ・キュアロン 原作:P・D・ジェイムズ
音楽:ジョン・タヴナー 脚本:ティモシー・J・セクストン
出演:クライヴ・オーウェン ジュリアン・ムーア
マイケル・ケイン キウェテル・イジョフォー
チャーリー・ハナム クレア=ホープ・アシティ
パム・フェリス ダニー・ヒューストン
ピーター・ミュラン ワーナ・ペリーア
原因不明の不妊症が広がり、世界から子供の姿が消えた。
世界で最も若い少年で知られるディエゴ・リカルドだったが、その日の朝、死亡したとニュースが告げていた。
ディエゴ・リカルドのファンの者が、路上で刺し殺したのだ。
18年の短い生涯だった。
思い出写真、ペット、鑑賞する者のない芸術。セオは麻薬を吸ってジョークを飛ばしあう。希望のない未来では、自分を慰め、子供がいないから昔を語り合う。映画は人類の黄昏を描くようである。
希望を失った未来社会の物語だ。
社会は後退し、世界の先進都市は崩壊し、政治機能は停止した。世界でロンドンだけが鎖国を敷くことで、かろうじて秩序を保たれていた。
だが現実には、ロンドンは不法入国者で溢れ、治安は悪く、反政府組織があちこちで危険な地下活動を行っていた。
絶望に流されるままだったセオは、妊娠しているキーを見て衝撃を受ける。希望というのは、いつも知らないどこかではぐくまれているものだ。だが、社会の中心は希望に気付かず、政治的攻防を繰り返し続ける。
ある朝、セオは路上を歩いていた。
崩れた壁の向うに、檻に入れられた人たちの群れが見えた。不法入国者たちだ。これから、イギリスの外に送り返されるのだ。
不法入国者たちがあげる声で、雑踏は喧騒で満ちていた。
一方の壁のこちら側は、ディエゴ・リカルドの死で嘆く人たちで沈黙していた。
道の端に写真が飾られ、写真の周囲に献花が一杯に集まっていた。献花を捧げる人たちが、膝をついて、泣き声を押し殺そうとしている。
セオは、そんな人たちの側を、無感情に通り抜けようとした。
そうして道路に出ようとすると、突然に背後から襲われた。セオは手を縛られ、目隠しされて車の中に押し込まれた。
連れて行かれた先にいたのは、かつてのセオの恋人、ジュリアンだった。
「ひどいな……」
セオは茫然と、20年ぶりに見たジュリアンの顔を見詰めた。
ジュリアンは今は“フィッシュ”と呼ばれる反政府活動に身を置き、指名手配されていた。
「芝居じみてた? 警察の目が厳しくて、他に方法がなかったの。元気だった」
一方のジュリアンは楽しげに微笑んでいた。
だがジュリアンは、かつての恋人に会いに来たのではなかった。
ある女性のために、通行証を手配して欲しい、という。
その女性は、キーという名前で、8ヶ月目になる子供を胎に宿していた。
出産すれば、世界が18年ぶりに目撃する子供である。
最初に『トゥモロー・ワールド』を観たとき、この車の長回しが疑問だった。どうやって撮影されたのか?答えは天井を抜いてコントロール式カメラを設置し、カメラが俳優から外れた瞬間をデジタルで繋いでいたわけである。答えを聞かされると、なるほど、と思う。デジタルはいかにも大袈裟な場面のみに使うのではなく、こんな使い方もあるのだ。
映画『トゥモロー・ワールド』が描く未来社会の風景は、どんよりと重く、絶望的空気が濃く満ちている。
セオの毎日は、仕事にも行かず友人の家へ行き、麻薬を吸って夜を過ごしている。
セオに限らず、『トゥモロー・ワールド』の社会は誰もが絶望的な気分のなかを過ごしている。
政府すら状況を変える力はなく、イギリスの住民に坑欝剤と自殺薬を配給として配っていた。
子供の姿が消えて、未来から可能性と希望が失われた近未来社会。
だからといって人間が平和的に結びつくこともなく、むしろ政治的渾沌を深め、社会はどこまでも荒廃して秩序は後退している。
反政府組織フィッシュは、妊娠しているキーに希望を望んでいるのではなく、それを利用して、政治的な転覆だけを画策している。
荒廃したSF描写はリドリー・スコットが描いたものから脱却している。イギリスの風景に、被災地の荒廃を加え、そのうえにテクノロジー追加している。このちぐはぐな感じが、映画独特の異世界的空気を作り上げている。
『トゥモロー・ワールド』が描くSF的風景は、どのSF映画より重く、暗い。
多くのSF映画は世紀末的“雰囲気”を描いてきたが、『トゥモロー・ワールド』はもっと“確定的”な絶望を描いている。
実写、アニメを問わず、SFを描く作法は、実景をどこかに残しながら手を加えていくことであった。
『トゥモロー・ワールド』の描き方は、SFの作法を丁寧に踏襲している。
実際のロンドンの風景を汚し、テクノロジーを追加しつつも、時代錯誤としか言いようのないファッションや、古びた車両を走らせている。
だが、それ以上に、“子供が誕生しない”という設定が、SF的な倦怠感を増幅させている。
そんなどこまでも深く、重い絶望を描きながらも、映画はささやかな希望を与えている。
世界から姿を消した、新たな誕生の予感。
絶望しかないと思える未来に、かすかな希望を与えて、映画は終わる。
映画記事一覧
作品データ
監督・脚本:アルフォンソ・キュアロン 原作:P・D・ジェイムズ
音楽:ジョン・タヴナー 脚本:ティモシー・J・セクストン
出演:クライヴ・オーウェン ジュリアン・ムーア
マイケル・ケイン キウェテル・イジョフォー
チャーリー・ハナム クレア=ホープ・アシティ
パム・フェリス ダニー・ヒューストン
ピーター・ミュラン ワーナ・ペリーア
PR