■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2015/08/13 (Thu)
創作小説■
第2章 贋作疑惑
前回を読む
4
サンドイッチが運ばれてきた。ツナやら豚カツがサラダと一緒に挟まれた、実に食欲のそそるサンドイッチだった。サンドイッチが濃い緑茶と共に、ツグミとコルリの前に並んだ。しかし、ハンバーグ定食はまだ来ない。サンドイッチを前にしてヒナが恨めしそうな顔をするので、ツグミとコルリはそれとなく食べるのを遠慮した。
「そうそう。二人にお土産があるんや」
ヒナは気分を改めるように明るい声に変えて、脇に置いたバッグを振り向いた。中を開き、封筒を引っ張り出す。ツグミとコルリは、何だろうと覗き込むようにした。
ヒナが二人の前に封筒を示した。それから、勿体つけるように「じゃじゃーん」とゆっくり中に収められている物をするすると引っ張り出す。
チラシだった。B5サイズの小さなチラシで、鞄に押し込まれていたせいで四隅が全部よれて、真ん中辺りに折り目がついていた。
チラシにプリントされているのは、ミレー(※)の『干草を束ねる人』だった。沈みかけた夕日に背を向け、農夫たちが両手一杯に干草を抱え、束ねようとしていた。収穫期の一場面を叙情的に捉えた作品だ。
その絵の下部分に、赤の明朝体でこう書かれていた。
『ミレー・バルビゾン派展』
横に、小さく日時や場所が列記されていた。
「おお、企画展やるんや」
コルリが興奮したようにチラシに飛びついて、声を上げた。
「うん。そのためにあちこち飛び回ったんやからな。日本の美術館では滅多にお目にかかれないコレクションに、個人コレクター秘蔵作品多数! ツグミもまだ見たことのないはずの、完全未公開の掘り出し物作品もあるんやで。もちろん、全て完璧に真画や。どの絵も出所ははっきりしてるし、私自ら鑑定したんやからな。間違いはないで」
ヒナは誇らしげな顔で、コルリとツグミを交互に見て説明をした。
「でも、あと2週間やん。間に合うん?」
ツグミはチラシの開催日時に気付いて、不安になってヒナに訊ねた。
ヒナは思い出したように顔に疲労を浮かべ、苦笑いをした。
「急な話やろ? 色んな意味でギリギリやわ。まだ交渉も終わってない段階でこんなん作られて、ほんま焦ったわ」
ヒナに切迫が滲み出ていた。もうこれからの手順を考えているのだろう。
絵を輸送して、展示のレイアウトを指示し、宣伝でマスコミに愛嬌を振り撒く。2週間という短い期間で、この全てをこなさなければならないのだ。
「私、絶対行くな。ヒナ姉にご苦労さんって言いたいしね」
コルリが座席に体を戻し、ヒナを応援するように微笑みかけた。
ヒナがコルリを振り返り、嬉しそうに頷いた。
「嬉しいわぁ。お姉ちゃん、がんばるで。ところで2人とも、私が留守の間、いい子にしとった?」
ヒナは急に調子を変えて、子供になぞなぞを出す母親の雰囲気で2人を交互に見た。
ツグミとコルリは、何となくヒナの意図を察して、「うん、うん」と頷いた。
ヒナはチラシの上にずっと親指で隠し持っていたらしい何かを、「じゃじゃ~ん」と出してみせた。ツグミにはそれが、きらきらと星を散らしているように見えた。
『ミレー・バルビゾン派展・無料入場券』
無料券は2枚あった。
「頂戴!」
「もらったぁ!」
ツグミとコルリが同時に声を上げて飛びついた。しかしヒナは、ひらっとかわして無料券を引っ込めた。
「それで、どうなん? いい子にしとった? 私のいない間に、先生に叱られたりとかせんかった? 無駄遣いしなかった?」
ヒナは無料券をひらひらさせながら、ツグミとコルリに少し厳しめに訊ねた。
「してました! これからもずーっといい子にしてます!」
ツグミとコルリが掌を合わせて、声をぴったり合わせた。
「よし! じゃあ、これはご褒美。プレゼント」
ヒナは無料券を1枚ずつ、ツグミとコルリに手渡した。ツグミは無料券を握りしめて、感激で目をウルウルさせてしまった。コルリは「やった!」とガッツポーズ。
そこに、ようやくハンバーグ定食がトレイに乗せて運ばれてきた。
「来た来た。ご飯にしようか」
ヒナは待ってました、とハンバーグ定食に手を伸ばした。
※ ジャン=フランソワ・ミレー 1814~1875年。バルビゾンを拠点にした画家。農民や田舎の風景を描いて新時代を築く。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
PR