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■2016/04/24 (Sun)
創作小説■
第6章 フェイク
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39
実験室では手の空いた研究員が、パソコンのケーブル接続を変更していた。休憩室のモニターが一瞬ブラックアウトしたが、すぐに画像が浮かんだ。さっきまでと違う画像だ。モニターの中央に「読込中」の文字が表示された。
分光測色計の分析はまだ掛かるらしい。モニターの「読込中」の下に、残り作業時間を示すゲージが表示されていた。まだ半分も進んでいない。
ツグミは杖に寄りかかった。背を丸めて、モニターを覗き込んでいた。
実験室内も緊張した様子だった。研究員の4人がモニターを覗き込んでいる。女研究員だけが、立ったまま遠巻きに研究員たちを見守っていた。
休憩室のモニターに変化があった。「読込中」の文字が消えて、画面が一瞬暗転する。それからウインドウがいくつか開いた。
ツグミは一歩前に進み出て、モニターをよく見ようとした。
モニターにはいくつものウインドウが浮かんでいた。様々なデータが列挙されている。「拡散照明」とか「垂直受光」といった項目が並び、その下に細かな数字がずらりと並んでいた。
ツグミはそこに書かれている数値を追いかけてみたが、よくよく考えたら意味がわからなかった。ツグミもそれなりに絵画について詳しいつもりだったけど、科学的な見地で色の数値とか知っているわけではなかった。
ツグミは実験室を振り返った。実験室では女の研究員がモニターの前まで進み、覗き込んでいた。女の研究員はモニターを指し、何か指示しているようだった。研究員同士で討論が始まりかけていた。
間もなくして、分光測色計を担当していた研究員が席を立った。
「分光測色計の結果が出ました。青、褐色の2色について測定を行った結果、その他のレンブラント作品の色と完全に一致しました」
研究員がマイクで答えた。男性の声だが、いかにもひ弱そうな声だった。
ツグミは目を閉じて、鼻から息を吐いた。と同時に、「当然だ」と強気に思った。
川村の絵具の調合は完璧だ。川村なら使用した絵画が違っていても、寸分の狂いなくオリジナルと同じものが作れるはずだ、と思った。川村の色作りの正確さが、科学的に証明された瞬間だった。ツグミは自分の成果でもないのに、誇らしげな気分だった。
研究員が比較対象に青と褐色の2色を選択した理由は、簡単にわかった。
まず褐色だが、レンブラントはほとんど褐色だけで絵を描いていた。レンブラントはあまりたくさんの絵具を使用しなかった。ただし褐色だけは、ふんだんに使用した。レンブラントのパレットには、褐色だけで3種類以上もあったと言われている。
一方青だが、こちらの理由はもっとシンプルだ。レンブラントは、全ての絵画について同じ青を使っている。
『ガリラヤの海の嵐』について言えば、青が使用されたのは、3箇所だけだ。イエス・キリストのマント。水夫の上着。それから雲の向こうに見える青い空。これだけだ。全部、同じ青だ。
ちなみに、『ガリラヤの海の嵐』には褐色と青の他には、黒と白しか使われていない。だから検査対象は、青と褐色しかなかったわけだ。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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