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■2016/01/07 (Thu)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
21
ツグミは個人スペースに入って、慎重にドアを閉じた。急に外の世界から隔絶されて、音も誰かの目線もなくなった。その代わりに、頭上にこれ見よがしな監視カメラが設置されている。ちょっと耳の奥に「キーン」と来る間があった。ツグミは頭を抑えながら頭痛が去るのを待ち、それから個室全体を見回した。
個人スペースは小さな空間だった。手前に壁に、小さなカウンターと安っぽい回転式スツールが置かれている。
カウンター手前の壁右側に、カードの差込口があり、差込口の上に小さなモニターが設置されていた。モニターはブルーのバックで、『カードを差し込んでください』と表示していた。
スツールに座ると、ちょうど目の前になる位置に、四角に区切られた枠があり、把手がついていた。これが貸金庫なのだろう、と想像できた。
ツグミは椅子に座り、カードを差込口に通した。
モニターが「ピコッ」と音を鳴らし、壁の向うで何かが動く音がした。おそらく無数にある貸金庫が順繰りに移動して、枠の前に来ようとしているのだ。
すぐに開くのかな、と思って、落ち着いて椅子に座って待った。緊張したり動揺したりだったから、少し気持ちを鎮めたかった。
やがて機械が止まった。枠の向うで、何かが接触する感覚があった。ツグミは把手を掴もうと手を伸ばした。
しかし、モニターに何か表示されているのに気付いて、振り返った。
『暗証番号を入力して下さい』
文字の下には8桁の「*」と0から9までの数字が並んでいた。どこにもテンキーがないから、タッチパネル方式だ。
暗証番号! ツグミは目を見開いて身を乗り出した。そんなの、聞いてない。コルリからも教わらなかった。それ以前に、暗証番号なんて知らない。
どうしよう。ツグミは改めてカードを確かめた。それらしい何かが書いていないだろうか。
いくらカードを見ても、銀行の住所しか書かれていない。数字といえば、住所の番地だけだ。
モニターは無表情に『暗証番号を入力して下さい』と表示し続けている。完璧なポーカーフェイスと対戦している気分だった。
ツグミはモニターに指を近づけた。指が震える。喉が渇き、息を飲み込んだ。
『4896―7652』
でたらめに、それらしい数字を入力した。
『番号が違います』
ピーッと、静寂の中で聞くにはあまりにも大きすぎる音がした。
ツグミは椅子の上で仰け反った。すぐに元の入力画面に戻ったが、生きた心地がしなかった。
胸がさっきよりも動悸を早めていた。脇の下に滲み出た汗が、ブラを通り過ぎて腰の辺りにツツーッと落ちていく。
『・5・0・8・6・』
途中まで入力しかけてやめた。『か・わ・む・ら』の語呂合わせのつもりだったが、無理やりすぎだ。それに、『しゅ・う・じ』に合う数字がないし、一字足りなくなる。これは違うだろう。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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