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■2009/07/25 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
2
教室の扉が開いて、担任の先生が入ってきた。先生の後に続くように、女袴姿の女の子が一緒に入ってくる。
「起立、礼、着席。」
私たちはバタバタとしながら、千里の号令に合わせて先生に挨拶をした。
「おはようございます」
先生は教壇の前に行き、よく通るけど太すぎないスイートな声で、私たちに挨拶を返した。
糸色 望先生。私たちのクラスの担任だ。
ちょっと痩せぎみの体型だけど背が高い。いつも書生風の着物に袴姿だった。顔は端整でやわらかな印象があって、眼鏡がよく似合っていた。まだ教職に就いたばかりの年若い先生だった。
糸色先生の雰囲気は、古風な佇まいと知的な利発さを同時に備え、それでいながらどこか危なげな弱さがあるような気がした。その知的な部分と危なげな感じが、なんともいえず魅力的で、私は頬杖をつきながら、うっとりと先生の顔を見詰めた。
「え~、皆さん。今日も中央線が止まりましたね」
先生はちょっと嬉しそうに報告した。私はうっとりした気分がどんよりと曇るような気がした。
糸色先生はかっこいいし知的な人だけど、何に対してもネガティブな反応を見せる人だった。言うことも考えることもいつも消極的で、周りの人も本人も暗い気持ちにさせないと気が済まないような人だった。
ちなみに、さっき先生と一緒に入ってきた袴姿の女の子だけど、さりげなく教壇の前の席に座って、かぶりつきで先生の顔を見詰めていた。
あの女の子は常月まとい。信じられないと思うけど、ストーカーの子だ。今は糸色先生をストーカーをしていて、いつどんなときも空気のようにつきまとっている。袴姿も、糸色先生に合わせた格好だった。
糸色先生は、ちょっと手元の書類を探るようにした。
「今日は特に連絡事項はありません。しかし、この頃、この高校周辺で失踪者がでているそうです。誘拐の恐れもあるらしいので、遅くなったら、早く家に戻るようにしてください、とのことです。……私も失踪したいなぁ」
先生は報告を終えて、ぼんやりと欝な顔を浮かべて呟いた。
また私たちは、先生に釣られてネガティブな気持ちになりそうだった。でも、千里が席を立った。
「先生、それはいいですから、早く授業を始めてください。」
千里は委員長らしく、厳しく業務の進行をさせようとした。
「ああそうですね。1限は私の授業でしたね」
と糸色先生は、黒板の上に貼り付けられた時間割表を振り返った。それから、しばらく時間をかけて考えるふうにし、
「……自習にします」
と疲れきったような声で言った。
教室中がざわざわとした。糸色先生の授業が自習になるのは珍しくなかった。というか、まともに授業やってくれる時のほうが少ないくらいだった。
そういうときの過ごし方はみんな心得ていた。静かに音を出さず、漫画を読み始める人や、音量を絞って携帯電話でゲームを始める人。千里だけは、ちゃんと教科書を出して本当に自習していた。
声を出して騒ぎ立てると、隣のクラスの先生が乗り込んでくるかもしれない。皆それがわかっているから、静かに声を潜めながら空白の時間を過ごそうというわけだった。それはクラス全体で共有する、ちょっとした共犯関係みたいなものだった。
私も勉強するつもりなんてもちろんないから、読みかけの漫画を引っ張り出した。すぐに漫画の世界に没頭して、現実世界の時間の流れを忘れた。
ふと、なんとなく顔を上げて、糸色先生の姿を探した。糸色先生は窓の側にスツールを置いて、カバーのない岩波文庫に没頭していた。多分、先生が学生時代から愛好しているプロレタリア文学だろうと思う。
糸色先生の側に、同じくスツールを置いて、まといがしおらしく座っていた。まといはすぐ側で糸色先生をじっと眺めていたけど、まるで存在が空気であるかのように自然で、先生もまといの存在を意識していないように読書に集中していた。
私は糸色先生の姿をうっとり眺めていたけど、まといの存在を意識して少し複雑な気分になった。まといは、端整な小顔に短い髪をきちんと切りそろえていた。袴姿のよく似合う美少女だった。あんなふうに同じ衣装で寄り添っていると、気のあった恋人同士か夫婦みたいだった。
私は軽く、嫉妬を感じていた。
すると、まといが私の視線に気付いて、振り返った。そうして、首を傾げてやわらかな微笑を浮かべた。「あなたも素敵って思うでしょ」と同意を求めているように感じた。
私は、見透かされたような気分になって、居心地悪く漫画に目を落とした。それに恥ずかしい気持ちに捉われてしまった。
糸色先生を狙っている女の子は、たくさんいた。まといがそうだし、千里も先生が好きだった。カエレも実は先生が好きらしい。他にも、先生を狙っている女の子はこのクラスの中にたくさんいた。
私も、先生をかっこいいなとか憧れるなとか思っているけど、それ以上に踏み込もうという気分になれなかった。ライバルはみんな凄い美人だったし、私には先生を振り向かせるような魅力も個性もないから。だから、後ろで見ているだけでいいって思っていた。
これが、私が通う2のへ組の教室。
本当言うと、私は6月末まで不登校だったから、クラスの皆を何でも知っているわけではない。
私は普通で平凡な女の子だから、ちょっとでも特別になりたかった。不登校になればみんなが心配して注目してくれると期待した。
でも、始業式から2ヶ月。誰ひとり私を訪ねる人もいなければ、電話を掛ける人もいない。私は毎日が退屈で退屈で、退屈すぎるからやっとあきらめて登校したのだ。
というか、乗り込むつもりで学校に飛び込んだのだ。それで、勢いよく教室の扉を開けて、
「どうして誰も心配してこない!」
あの時の、教室のシラっとした空気は忘れられそうにない。
しかもその時、糸色先生がまさかの不登校で、スクールカウンセラーの新井知恵先生が代理で教壇に立っていた。
ああやだやだ。思い出しただけでも恥ずかしい。あれは私の一番の暗黒史だ。
結局私は、何をやっても平凡から抜け出られないのだ。周りのみんなは、信じられないくらい個性的すぎで、私は平凡で個性のない自分を受け入れるしかなかった。
それでも、なんだかんだで2のへ組のみんなは私を受け入れてくれた。2のへ組の一人であることは、居心地の悪いものでもなかった。
そうして目立った事件もなく、7月に入っていた。夏に向けて、空気は蒸し蒸しと暑さを増していく。汗が絶え間なく体に浮かぶような暑さを感じながら、私はもうすぐ夏休みだな、とぼんやり考えていた。学校に登校を始めて、たったの1ヶ月で夏休み。今さらになって、私はなんだか損したような気分を感じていた。
次回 P004 第2章 毛皮を着たビースト1 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P003 第1章 当組は問題の多い教室ですからどうかそこはご承知下さい
2
教室の扉が開いて、担任の先生が入ってきた。先生の後に続くように、女袴姿の女の子が一緒に入ってくる。
「起立、礼、着席。」
私たちはバタバタとしながら、千里の号令に合わせて先生に挨拶をした。
「おはようございます」
先生は教壇の前に行き、よく通るけど太すぎないスイートな声で、私たちに挨拶を返した。
糸色 望先生。私たちのクラスの担任だ。
ちょっと痩せぎみの体型だけど背が高い。いつも書生風の着物に袴姿だった。顔は端整でやわらかな印象があって、眼鏡がよく似合っていた。まだ教職に就いたばかりの年若い先生だった。
糸色先生の雰囲気は、古風な佇まいと知的な利発さを同時に備え、それでいながらどこか危なげな弱さがあるような気がした。その知的な部分と危なげな感じが、なんともいえず魅力的で、私は頬杖をつきながら、うっとりと先生の顔を見詰めた。
「え~、皆さん。今日も中央線が止まりましたね」
先生はちょっと嬉しそうに報告した。私はうっとりした気分がどんよりと曇るような気がした。
糸色先生はかっこいいし知的な人だけど、何に対してもネガティブな反応を見せる人だった。言うことも考えることもいつも消極的で、周りの人も本人も暗い気持ちにさせないと気が済まないような人だった。
ちなみに、さっき先生と一緒に入ってきた袴姿の女の子だけど、さりげなく教壇の前の席に座って、かぶりつきで先生の顔を見詰めていた。
あの女の子は常月まとい。信じられないと思うけど、ストーカーの子だ。今は糸色先生をストーカーをしていて、いつどんなときも空気のようにつきまとっている。袴姿も、糸色先生に合わせた格好だった。
糸色先生は、ちょっと手元の書類を探るようにした。
「今日は特に連絡事項はありません。しかし、この頃、この高校周辺で失踪者がでているそうです。誘拐の恐れもあるらしいので、遅くなったら、早く家に戻るようにしてください、とのことです。……私も失踪したいなぁ」
先生は報告を終えて、ぼんやりと欝な顔を浮かべて呟いた。
また私たちは、先生に釣られてネガティブな気持ちになりそうだった。でも、千里が席を立った。
「先生、それはいいですから、早く授業を始めてください。」
千里は委員長らしく、厳しく業務の進行をさせようとした。
「ああそうですね。1限は私の授業でしたね」
と糸色先生は、黒板の上に貼り付けられた時間割表を振り返った。それから、しばらく時間をかけて考えるふうにし、
「……自習にします」
と疲れきったような声で言った。
教室中がざわざわとした。糸色先生の授業が自習になるのは珍しくなかった。というか、まともに授業やってくれる時のほうが少ないくらいだった。
そういうときの過ごし方はみんな心得ていた。静かに音を出さず、漫画を読み始める人や、音量を絞って携帯電話でゲームを始める人。千里だけは、ちゃんと教科書を出して本当に自習していた。
声を出して騒ぎ立てると、隣のクラスの先生が乗り込んでくるかもしれない。皆それがわかっているから、静かに声を潜めながら空白の時間を過ごそうというわけだった。それはクラス全体で共有する、ちょっとした共犯関係みたいなものだった。
私も勉強するつもりなんてもちろんないから、読みかけの漫画を引っ張り出した。すぐに漫画の世界に没頭して、現実世界の時間の流れを忘れた。
ふと、なんとなく顔を上げて、糸色先生の姿を探した。糸色先生は窓の側にスツールを置いて、カバーのない岩波文庫に没頭していた。多分、先生が学生時代から愛好しているプロレタリア文学だろうと思う。
糸色先生の側に、同じくスツールを置いて、まといがしおらしく座っていた。まといはすぐ側で糸色先生をじっと眺めていたけど、まるで存在が空気であるかのように自然で、先生もまといの存在を意識していないように読書に集中していた。
私は糸色先生の姿をうっとり眺めていたけど、まといの存在を意識して少し複雑な気分になった。まといは、端整な小顔に短い髪をきちんと切りそろえていた。袴姿のよく似合う美少女だった。あんなふうに同じ衣装で寄り添っていると、気のあった恋人同士か夫婦みたいだった。
私は軽く、嫉妬を感じていた。
すると、まといが私の視線に気付いて、振り返った。そうして、首を傾げてやわらかな微笑を浮かべた。「あなたも素敵って思うでしょ」と同意を求めているように感じた。
私は、見透かされたような気分になって、居心地悪く漫画に目を落とした。それに恥ずかしい気持ちに捉われてしまった。
糸色先生を狙っている女の子は、たくさんいた。まといがそうだし、千里も先生が好きだった。カエレも実は先生が好きらしい。他にも、先生を狙っている女の子はこのクラスの中にたくさんいた。
私も、先生をかっこいいなとか憧れるなとか思っているけど、それ以上に踏み込もうという気分になれなかった。ライバルはみんな凄い美人だったし、私には先生を振り向かせるような魅力も個性もないから。だから、後ろで見ているだけでいいって思っていた。
これが、私が通う2のへ組の教室。
本当言うと、私は6月末まで不登校だったから、クラスの皆を何でも知っているわけではない。
私は普通で平凡な女の子だから、ちょっとでも特別になりたかった。不登校になればみんなが心配して注目してくれると期待した。
でも、始業式から2ヶ月。誰ひとり私を訪ねる人もいなければ、電話を掛ける人もいない。私は毎日が退屈で退屈で、退屈すぎるからやっとあきらめて登校したのだ。
というか、乗り込むつもりで学校に飛び込んだのだ。それで、勢いよく教室の扉を開けて、
「どうして誰も心配してこない!」
あの時の、教室のシラっとした空気は忘れられそうにない。
しかもその時、糸色先生がまさかの不登校で、スクールカウンセラーの新井知恵先生が代理で教壇に立っていた。
ああやだやだ。思い出しただけでも恥ずかしい。あれは私の一番の暗黒史だ。
結局私は、何をやっても平凡から抜け出られないのだ。周りのみんなは、信じられないくらい個性的すぎで、私は平凡で個性のない自分を受け入れるしかなかった。
それでも、なんだかんだで2のへ組のみんなは私を受け入れてくれた。2のへ組の一人であることは、居心地の悪いものでもなかった。
そうして目立った事件もなく、7月に入っていた。夏に向けて、空気は蒸し蒸しと暑さを増していく。汗が絶え間なく体に浮かぶような暑さを感じながら、私はもうすぐ夏休みだな、とぼんやり考えていた。学校に登校を始めて、たったの1ヶ月で夏休み。今さらになって、私はなんだか損したような気分を感じていた。
次回 P004 第2章 毛皮を着たビースト1 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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