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■2015/11/19 (Thu)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
空はまだ暗く雲が覆っていたけど、アスファルトは冷たく乾いていた。降りだすまで、まだ猶予があるみたいだった。ツグミは晴れているうちに、急いで家に帰った。
画廊に帰ると、ツグミは光太にもらった絵を壁に飾りつけ、『売約済み』のシールを貼っておいた。こうすれば、買いに来た人はじっくり作品を見ずに諦めてくれるだろう。絵のモデルがツグミだと気付かれずに済むはずだ。
売約済みを展示しておくのは、客寄せのためだ。光太の絵を目当てにやって来て、手に入らなかったお客さんは、必ずまたやってくるという期待ができる。
間もなく雨が降り始めた。ゆるやかに街を濡らすような小糠雨だった。街が色彩をなくし、じわりと影を深めていく。
ツグミはそんな街の様子を眺めながら、もうお客さんは来ないだろう、と決め付けて、「Closure」の暖簾を掛けてしまった。事実として、こんな雨の日に人が来た例しがない。それに、光太やかな恵から続けて暗い話を聞かされて、あまりにも憂鬱になって誰にも会いたくなくなってしまった。
2時を過ぎた頃、コルリから電話が入った。遅くなるから、夕食は1人で摂ってほしい、という話だった。
ツグミは午後の退屈な時間を、狭い台所で過ごした。学校の宿題をやったり、宿題が終わると漫画を読んだりして憂鬱な気分をごまかした。
5時頃になると、コンビニへ行ってサラダだけ買い、お茶漬けを作って食べた。
ちょっと大きいくらいの音量でテレビを流して、1人きりの寂しさを紛らそうとした。でも、何となく気持が乗らなくて、テレビから流れる大袈裟な笑い声から取り残されるような気分になってしまった。
8時を過ぎた頃、コルリが帰ってきた。
「おお、もう絵、売れたんや」
コルリが売約済みのシールを見て、驚いた声を上げた。
ツグミは帰り道、かな恵と会って話をしたことを伝えた。ツグミの話が終わると、コルリは難しそうな顔をして腕組をした。
「ツグミな、絵を買う財力のない人に、無理に売ったらあかんで。買うほうにも生活はあるんやからな」
画廊を真っ暗にしたまま、コルリはツグミを円テーブルに座らせて向き合った。
「え? でも分割払いやで。かな恵さんはちゃんとした仕事に就いとおから、大丈夫やと思うけど……」
ツグミはコルリの言おうとしている方向がつかめず、きょとんと首を傾げた。
「1枚だけならいいんや。でも光太叔父さん、シリーズで私らを描くって話しとったやろ? かな恵さん、他の作品も欲しいって言うはずやで。何枚も買うようになったら、そのうちお金が足らんようになるやろ。かな恵さん、いい人やけど、私ら姉妹にすごい入れ込んどうみたいやから。無理させたらあかんで」
コルリはゆるく説教するみたいだったけど、ツグミにはここにいないかな恵を心配しているように聞こえた。
ツグミはとりあえず了解して頷いた。次の絵もかな恵が欲しいと言い出したら、「お給料は大丈夫ですか」と訊ねるようにしよう。無理なようだったら、購入を諦めてもらおう、と考えた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第4章 美術市場の闇
前回を読む
15
しばらくして喫茶店を出て、かな恵と別れた。空はまだ暗く雲が覆っていたけど、アスファルトは冷たく乾いていた。降りだすまで、まだ猶予があるみたいだった。ツグミは晴れているうちに、急いで家に帰った。
画廊に帰ると、ツグミは光太にもらった絵を壁に飾りつけ、『売約済み』のシールを貼っておいた。こうすれば、買いに来た人はじっくり作品を見ずに諦めてくれるだろう。絵のモデルがツグミだと気付かれずに済むはずだ。
売約済みを展示しておくのは、客寄せのためだ。光太の絵を目当てにやって来て、手に入らなかったお客さんは、必ずまたやってくるという期待ができる。
間もなく雨が降り始めた。ゆるやかに街を濡らすような小糠雨だった。街が色彩をなくし、じわりと影を深めていく。
ツグミはそんな街の様子を眺めながら、もうお客さんは来ないだろう、と決め付けて、「Closure」の暖簾を掛けてしまった。事実として、こんな雨の日に人が来た例しがない。それに、光太やかな恵から続けて暗い話を聞かされて、あまりにも憂鬱になって誰にも会いたくなくなってしまった。
2時を過ぎた頃、コルリから電話が入った。遅くなるから、夕食は1人で摂ってほしい、という話だった。
ツグミは午後の退屈な時間を、狭い台所で過ごした。学校の宿題をやったり、宿題が終わると漫画を読んだりして憂鬱な気分をごまかした。
5時頃になると、コンビニへ行ってサラダだけ買い、お茶漬けを作って食べた。
ちょっと大きいくらいの音量でテレビを流して、1人きりの寂しさを紛らそうとした。でも、何となく気持が乗らなくて、テレビから流れる大袈裟な笑い声から取り残されるような気分になってしまった。
8時を過ぎた頃、コルリが帰ってきた。
「おお、もう絵、売れたんや」
コルリが売約済みのシールを見て、驚いた声を上げた。
ツグミは帰り道、かな恵と会って話をしたことを伝えた。ツグミの話が終わると、コルリは難しそうな顔をして腕組をした。
「ツグミな、絵を買う財力のない人に、無理に売ったらあかんで。買うほうにも生活はあるんやからな」
画廊を真っ暗にしたまま、コルリはツグミを円テーブルに座らせて向き合った。
「え? でも分割払いやで。かな恵さんはちゃんとした仕事に就いとおから、大丈夫やと思うけど……」
ツグミはコルリの言おうとしている方向がつかめず、きょとんと首を傾げた。
「1枚だけならいいんや。でも光太叔父さん、シリーズで私らを描くって話しとったやろ? かな恵さん、他の作品も欲しいって言うはずやで。何枚も買うようになったら、そのうちお金が足らんようになるやろ。かな恵さん、いい人やけど、私ら姉妹にすごい入れ込んどうみたいやから。無理させたらあかんで」
コルリはゆるく説教するみたいだったけど、ツグミにはここにいないかな恵を心配しているように聞こえた。
ツグミはとりあえず了解して頷いた。次の絵もかな恵が欲しいと言い出したら、「お給料は大丈夫ですか」と訊ねるようにしよう。無理なようだったら、購入を諦めてもらおう、と考えた。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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