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■2016/01/17 (Sun)
創作小説■
第5章 Art Crime
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26
ツグミは出したものを全部リュックにしまいこんで、また盾みたいに抱きかかえた。初めて、外の風景を意識した。フラワーロードをずっと進んだところを、延々ぐるぐる回っていただけだった。車は高速道路の高架下を潜り抜けて、右折した。兵庫区へ向い始めたのだ。
宮川も隣に座っている大男も、ツグミから興味を失ったように、窓の外を見詰めたりしている。
ツグミはもう涙は引っ込んでいた。どうにか落ち着いた気分で、窓の外を眺めた。
車は静かな倉庫街へと入って行った。人も車の数は少なくなり、通りの両側に背の高い倉庫が立ち塞がる。倉庫街の壁は薄く汚れて、通りを覆うように影を落としていた。
そんな道も角に行き当たり、正面に開発途上の埋立地に挟まれた運河が現れた。大通りに入ると、再び立体交差を右手にする車道が現れる。
しばらく風景を見て気持ちを落ち着かせていたけど、そうしていると、不思議と感情がムカムカと噴き上がってくるのを感じた。苛立ちと、殴られた悔しさが今さらみたいに湧き上がってきて、それを自分で抑えられなくなった。
「なんで、川村さんを捜してんのや」
ツグミは宮川を睨み付けて、声に怒りを込めた。
「何の話かな」
宮川は突然噛み付かれたみたいな顔をして、ツグミを振り返った。
「2週間前、川村さんの契約書が盗まれる事件があった。盗んだのはあんたらやろ。川村さんを捜しとお証拠や」
調子を変えず、ツグミは感情の溢れるままに怒鳴り続けた。しかし内面では、もう後に引けない、と後悔の念を感じ始めていた。
「ほう。じゃあ、いったい何のために?」
宮川は、むしろ身を乗り出し、ツグミの顔を楽しげに覗きこんできた。
まるで応えた様子はなかった。必死で振り上げた拳を、さらっと、受け流された気分で、ツグミは狼狽した。一気に我に返って、すぐに次の言葉が出なかった。
「その……絵や。絵を探しとんのやろ。川村さんは倉敷の大原さんの家から、何枚かの絵を持ち出した。それを探してるんや」
ツグミは戸惑いを必死で飲み込みつつ、可能性のありそうな何かを探りながら、ささやかな反撃に出た。
宮川が笑った。喉の奥を震わせるような声を漏らして、肩を揺らした。
ひどい屈辱だった。必死の反撃は、ツグミ自身に返ってきて、その胸を残酷に抉り取っただけだった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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