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■2016/01/10 (Sun)
創作小説■
第8章 秘密都市セント・マーチン
前回を読む
2
広間に入ると、セシルを筆頭に参謀や戦士といった面々がバン・シーを待ち受けていた。バン・シー
「悪魔が何体甦ったのかわからん。複数同時に甦る前例はなくはなかったが、これだけの規模のものになると、やはりかつてない現象だ。もはや、キール・ブリシュトを正面から侵入するのは難しいだろう」
バン・シーは地図を広げながら説明する。国土の全域が描かれた地図には、城の南南東の方角に描き込まれたばかりのキール・ブリシュトが置かれていた。
参謀
「ならばいかんとする。敵の根城は山岳に囲まれ、侵入は困難。大軍を動かしても、容易には攻められぬ」
バン・シー
「そうだ。だから別の侵入口を使いたい。セント・マーチンの地下空洞だ」
セント・マーチンと聞いて、人々が動揺の声を上げた。多くはあまりにも聞き慣れない言葉への動揺だった。
セシル
「待ってくれ。何の話だ? セント・マーチンの地下空洞とは?」
バン・シー
「知らないのか。このガラティアの地下には、いくつもの地下空洞があり、かつて人間ならざる者達が地下王国を築いていた。この王国は、その彼らとの交易で、繁栄したのだ」
誰もが互いに、「知っているか」と言い合った。
バン・シーは呆れたように続けた。
バン・シー
「やれやれ。伝承の語り手はいったい何をしていた。ともかく、地下の通路を使い、キール・ブリシュトを目指す」
参謀
「そんな地下通路が実際にあるとして――今もその道が通じているという保証は? 本当にキール・ブリシュトに繋がっているのか」
バン・シー
「繋がっているさ。地下王国を滅ぼしたのはクロースだ。クロースは地下世界の住民を皆殺しにして、その空間をそのまま利用し、キール・ブリシュトに通じる道を作った。地下空洞は、今もキール・ブリシュトで最も重要な心臓部に繋がっている」
武将
「私は少年の頃、あちこちの洞窟に入っては探検したものだが、そなたの言うような地下空洞は見たことがない」
バン・シー
「当然だ。私が破壊して塞いだからな。だから長年、洞窟からネフィリムが現れなかった。棲み着くことはあったがな。しかしごく最近、どうやらネフィリムは掘削の技術を学んだらしい。私の塞いだ道が再び掘り返され、しかもその道が延長されている」
セシル
「馬鹿な。ネフィリムにそんな知恵はない」
バン・シー
「その通りだ。ネフィリムには知恵はない。しかしネフィリムは常に同じ姿をしているのではない。時代とともにゆっくりと姿を変える。私も長年奴らを見続けたが、今ほど強く、賢かった時代はない。連中がなぜあちこちの洞窟から姿を現すようになったのか、貴辺らは少しも考えなかったのかね。奴らは知恵を得て、洞窟を完成させたのだ」
参謀
「……そなたは、一体何者なのだ? なぜ何もかもを知っている?」
バン・シー
「私は古い伝承の語り手だ。草から草へ、石から石へ、音から音へ。それを追い、伝えるのが本来の私の役目だ」
オーク
「バン・シー殿。先ほど言われた最も重要な場所とは?」
バン・シー
「悪魔の王だ。そこに悪魔の王がいる」
オーク
「まさか、その者との戦いに……?」
一同がどよめいた。
バン・シー
「いいや。奴はまだ復活していない。悪魔の王の封印は特別厳重だ。今回は通り過ぎるだけでいいだろう。ただし、封印を解く方法を、悪魔達が記憶していると考えられる。悪魔の王の復活を阻止するためにも、作戦は迅速であることが望まれる。軍を3箇所に分けさせ、東、西、南の3点から洞窟に侵入し、キール・ブリシュトで合流しよう」
バン・シーは地図の上に指先を置いた。魔法の力が、地図にキール・ブリシュトを中心とした地下空洞の道筋を描き始めた。地下空洞は複雑に折れ重なりながら、3つの入口の場所を示した。それはガラティアのほぼ東部分を占める大きさだった。その広大さに、集まった一同が驚いた。
オークも、別の驚きで地図を見ていた。
オーク
「バン・シー殿……ここは」
バン・シー
「懐かしかろう。あそここそ、キール・ブリシュトに繋がる入口だったのだ」
忘れもしない。オークとバン・シーが初めて出会った、あの場所だった。全ての始まりの、あの洞窟だった。
バン・シー
「出発は3日後だ。皆も戦で何日も眠っておらぬだろう。3日のうちに充分英気を養っておけ。以上だ」
そうして、会議は解散となった。
◇
廊下に出たバン・シーをゼインが追いかけた。
ゼイン
「バン・シー殿、待ってくだされ」
バン・シー
「何だ?」
ゼイン
「1つ聞きたいことがあってな。あの時だ。ソフィー様があの魔法を使ったあの瞬間、多くの兵が奇妙な体験をした。わしもなのだが……魔法が発動された後、しばし時間が止まったように思えるのじゃ。いや、気のせいかも知れないが……」
バン・シー
「間違っておらんよ。確かに時間は止まっていた」
ゼイン
「本当か?」
バン・シー
「魔法とは、神が定めた法則を一時的に狂わせる技だ。魔法が発動された瞬間、法則に齟齬が生まれ、それを修正するために時が止まる。こんな小さな魔法でも、一瞬時間が止まっているのだ」
と、バン・シーは指先に火の玉を浮かばせた。
ゼイン
「ほう!」
バン・シー
「大きな魔法なら、静止する時間も大きくなる。優れた魔法使いならば、その静止した時間の中で、さらに別の魔法を使える。未熟な魔法使いは、静止する瞬間も自覚できないと思うがな。この世界には、もっと大きな魔法がある。そうした魔法が使用されれば、静止する瞬間は、より大きくなる。魔力を持たぬ者も、静止する瞬間が感じられるだろう」
ゼイン
「なるほど、なるほど。ではバン・シー殿がいつまでも若々しいのは……」
バン・シーは、指先に浮かべた火の玉をゼインの鼻先にぶつけた。
バン・シー
「そこを追求すると、火で焼き殺すぞ」
ゼイン
「……すまなかった」
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