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■2009/06/22 (Mon)
劇場アニメ■
時をかける少女
黒板に、大きく「進路説明会のお知らせ」と書かれていた。その下に、道を分けるように、「理系」「文系」の二つが四角に囲まれて並んでいる。
掃除当番の紺野真琴と早川友梨は、箒を片手に黒板を見上げていた。
「真琴。理系か文系か、決めた?」
友梨は、何気ない感じに真琴に尋ねた。
「まだ。友梨は?」
「私もまだ」
友梨がそう言うと、真琴は安堵のため息をついた。
「よかった」
「すぐには決められないよね」
友梨はぼんやりと呟くようにしながら黒板を見上げた。
「先のことは、わかんないよね」
真琴も、黒板の「文系」「理系」の二つの文字を見上げた。
真琴にとって、未来ははてしなく遠い。と、真琴自身はそう思っている。
だから、どんな選択に対しても、決断はしない。
未来はあまりも遠くて、漠然としているから。それに、真琴は「未来に行きたい」と願っていなかった。
プロデューサー曰く、現代は不可逆の原則が崩壊した時代だという。ビデオやゲームで、かつて一過性で終っていた快楽や恍惚を何度でも繰り返せるようになった。過去を巡り続ける『時をかける少女』はそういった現代の象徴なのだろうか。
だがある日、真琴に天啓のようにタイムリープの力が与えられた。
自転車の事故で電車に跳ねられそうになった瞬間、真琴はほんの一瞬前に戻っていた。
真琴はこの事件を切っ掛けに、タイムリープの力が自身に宿っていることに気付く。
タイムリープの力を使って、真琴は何度も過去に戻り始める。
食べたいものや、やり直したい失敗や、小さな欲望を実現させるために、何度も何度も過去へとタイムリープする。
同じ時間をぐるぐると繰り返していても、真琴はいつまでも一人勝ちでいられると思っていた。
美男両手に三角関係のどろどろした話が……という作品ではない。「ひょっとしたら、私は彼のことが好きかもしれない」という微妙な心理を描いた作品。「好きかも知れない」を確かめる恋愛映画は珍しいかもしれない。
そんなある日の夕暮れ。右手を流れる川が、夕暮れの光を宿して、きらきらと輝いていた。真琴は、千昭が漕ぐ自転車の後ろに乗っていた。
「本当に興味ないのかな?」
真琴は、千昭の背中に話しかけた。
実はさっき、功介が後輩の女の子に告白されたのだ。しかし功介は、告白を断ってしまったのだという。
「功介がねえっていうときは、ねえよ」
千昭は断定した。
「……ちょっとホッとした」
真琴はぽつりと言って、夕日に輝く川を見詰めた。
「なんで?」
千昭が理由を尋ねた。
「彼女できたら、大事にするよね」
「そういう奴だ」
真琴が確かめるように言うと、千昭は同意した。
「そしたら、野球、できなくなるもん。……なんだかな。ずっと三人でいられる気がしてたんだよね。遅刻して功介に怒られて、球取れなくて千昭になめられて……」
真琴は体を後ろにそらして、夕暮れの空を眺めた。
“今”がずっとずっと続けばいいと思っている。未来に行く必要なんて、真琴には思いつかなかった。
すると、千昭は気になるように真琴をちらちらと見た。
「真琴」
「うん?」
「俺と、……付き合えば」
千昭はもどかしそうに何度もつっかえて言った。
真琴は茫然として千昭の背中を見詰めた。
「止めて。ちょっと止めて」
自転車が止まった。千昭が真琴を振り返る。
「なにそれ?」
「え?」
千昭はごまかすように、ちょっと視線を逸らした。
「今の話」
真琴は厳しく追及しようとした。
「付き合おう」
千昭は、今度ははっきりと真琴に言った。
「どっからそういう話になったのよ」
真琴自身に、静かに感情が波立つのを感じた。
「功介に彼女ができたらって話。俺、そんなに顔も悪くないだろ」
千昭は照れ隠しのように笑った。
「……まじ?」
「まじ」
真琴は、茫然と口をあけた。
沈黙が二人の間に漂った。
真琴は、衝動的に自転車から飛び降りると、過去に飛んだ。千昭の告白をなかったことにするために。
あまりにも有名な話だが、細田守監督は『時をかける少女』を手がける以前、ジブリに在籍し『ハウルの動く城』を制作していた。だが給料未払い問題が発生し、ジブリの全スタッフから追い出されたのだという。細田守自身、監督業の終わりと思ったが、逆に転機になったかもしれない。ちなみに美術スタッフもは見れば、元ジブリの実力派が名を連ねている。裏事情はわからないが、細田守監督はジブリ内で信頼を得ていたようである。
真琴にとって、未来は遠い遠い別世界だった。現実感を感じない、いや、異世界のような場所であった。
だが、いつか未来に進まなねばならない。
その切っ掛けを与えたのは、千昭の告白だった。
千昭の告白を受け入れるのか、拒否するのか。
千昭のことは好きだ。でも、そういう恋愛感情での好きとは違う。……多分。もしかしたら、千昭への感情は、恋愛感情によるものかもしれない。
そんな自分の心の決断すら、真琴にはできなかった。
「理系」か「文系」のような選択のように、未来へ進むには何かを決定し、その方向へ真直ぐ進まなくてはならない。
だが、真琴はそんな決断を先延ばしにして、過去に飛び続ける。
キャラクターは影なしを原則にしてよく動く。影なし作画は、素人目には簡単そうだが、物の質感や立体を描きにくくなり、非常に難易度が高くなる。
アニメーションでの『時をかける少女』は、ひたすら過去を繰り返す物語である。もしかしたら、真琴のタイムリープは未来にも飛べるのかもしれない。
だが、真琴は延々、過去に飛び続ける。
現代人にとって、確かに未来は漠然としていて、それでいて不安を伴うものだ。
未来は、かつてのように、能天気に描けるものではなくなってしまった。
現代の子供たちは、未来をファンタジーとして夢想しない。科学文明がどんな幸福をもたらしてくれるのか。世界から戦争は終っているのかもしれない。いや、ひょっとすると『ブレードランナー』のような荒廃した風景が待ち受けているかもしれない。それはそれで、魅力的な未来のビジョンだ。
そんな未来へのビジョンは、現代の我々は誰ひとり思い描けず、提示することもできていない。
もちろん、かつて見た未来はたくさんある。例えば『ドラえもん』がそれだ。
『ドラえもん』は未来からやってきたロボットだが、すでに『ドラえもん』が描き出した未来へのビジョンは、未来ではなくノスタルジーである。『ドラえもん』は未来からやってきたのではない。
だから『時をかける少女』にも未来は描かれない。
延々、過去の、同じ時間が繰り返される。真琴は未来へ進まず、過去をぐるぐると、記憶の中にある恍惚と快楽を繰り返し続ける。
古い映画やアニメや、思い出に逃避する現代人と同じように、真琴は未来に進もうとはしない。
芳山和子役には原沙知絵が演じている。かつて、大林宣彦監督の実写版『時をかける少女』で演じた女優だ。アニメ版『時をかける少女』は、実写版の十数年後という設定になっている。ちなみに芳山和子が「魔女おばさん」と呼ばれているのは、細田守が東映時代に演出した『おじゃ魔女ドレミ』で、原沙知絵をゲスト出演させたから、その繋がりだという。
それでも、時間というのは“不可逆”である。過去を何度も繰り返しているように思えて、実は時間は前へと進んでいる。望まなくても、未来はやってくるのだ。
真琴は千昭への告白をなかったことにした。
だから何も起きないわけじゃない。なかったことにしたら、それはそれで別の未来がやってくる。“なかったことにした”というのも、選択の一つだからだ。
自由に過去に戻れるように思えても、実は真琴に流れる時間は、現実の物語は前へと進んでいるのだ。
それが、いつか取り返しのつかない事件を起こしてしまうかもしれない。
そんなとき、真琴自身に、厳しく“未来”が突きつけられる。
選択の拒否が許されない、“未来”である。
『時をかける少女』公開以前は細田守は「知る人ぞ知る人」で、作品は大きな期待をかけられていなかった。だが公開後は絶大な評価を受け、今や「知らぬものがいない名監督」である。
『時をかける少女』は、延々、過去を巡り続ける映画だ。だが真琴が走り出したとき、物語は“過去”という鎖から解き放たれ、未来へと進んでいく。
「走って行く」
それは未来への、あまりにも清々しいメッセージだ。
作品データ
監督:細田守 原作:筒井康隆
音楽:吉田潔 脚本:奥寺佐渡子
キャラクターデザイン:貞本義行 美術監督:山本二三
作画監督:青山浩行 久保田誓 石浜真史 主題歌:奥華子
アニメーション制作:マッドハウス
出演:仲里依紗 石田卓也 板倉光隆
原沙知絵 谷村美月 垣内彩未 関戸優希
桂歌若 安藤みどり 立木文彦 山本圭子
横張しほり 松岡そのか 反田孝幸 倉島麻帆
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